【私の覚醒】幻想に騙されたツインレイたちよ、目を覚ませ。

2023-04-26

| Ⓒ なとり

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ツインレイステージまとめ

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さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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私は怒っている。

もっとも、それは『何に対して』と明言することが出来ないぐらいには、私は怒っている。

自分にか? はたまたそれが他者なのか。それはわからないが、とにかく! 私は怒っている。

それだけは先ず、冒頭に書いておきたい。

 

さて、このフラットになった私。

とてつもなく、成長した蒼さんだ。HNをこちらでは青すずめにしている。他意はない、普通に蒼だ。

とにかく怒っている。

怒りの矛先はどこにも向けられないほどに怒っているんだ。

この世のメカニズムそのものに怒っているんだ、おい、神。いい加減にしろっていうぐらいにはこの世のずさんなメカニズムに怒っている。

とにかく、ツインレイが『騙され続けている』という事実に触れたい。

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私が好きな物とはスピリチュアルではない話から

私自身は騙されていた、というは少々違うような気がしている。

というのも、私自身はスピリチュアルはあまり好きではない。たぶんお分かりだと思うが、私が好きなものは理論にある。そして、それを構築していく経緯と思想にある。

私がもっとも愛したものといえば、神である。そして、その神がおっしゃっている『道徳』を守ることが私自身にとってはひとつの道しるべにあった。

モーセの十戒では、

主が唯一の神であること
偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
神の名をみだりに唱えてはならないこと
安息日を守ること
父母を敬うこと
殺人をしてはいけないこと(汝、殺す勿れ)
姦淫をしてはいけないこと
盗んではいけないこと(汝、盗む勿れ)
隣人について偽証してはいけないこと
隣人の家や財産をむさぼってはいけないこと
引用:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

と書かれている。

日本で言えば、昭和天皇がおつくりなさった教育勅語の十二徳目だろう。戦後、消されたが。

親に孝養をつくしましょう
兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
自分の言動をつつしみましょう
広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
勉学に励み職業を身につけましょう
知識を養い才能を伸ばしましょう
人格の向上につとめましょう
広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう引用:明治神宮—教育勅語

私が守っていたことは、ただこれだけである。

ひたすら守り続けることが私自身の芯だったともいえる。

私が好きなものは『これ』である。私自身がどう生きるのか、それ以外に興味はあまりないような人生でもあった。

それでもタロットカードは好きだし、思想も大好きだ。占いも十色にやってきた。やっぱり面白いからだ。

だけど、おおまかに占いを何故スピリチュアルに入れるのか。それだけは理解が出来ない。

私にとってスピリチュアルとは『体系がないもの』のような気がしている。

ツインレイもそうだった。

とにかく『型がない』。みんな自由思想、自分がよければそれでいい。自分がそうだと思えばそうなんだ、みたいな。

スピルチュアルのよいところも悪いところもここにあったと思う。

同時にツインレイもそこに組み込まれ、多くの人が『型がないものを追いかけ始めた』んだ。

そして、コピーを続けている現状にある。

とりあえず『型』をしっかりと理論で構築してみるか。そこが私の発端である。

これが大間違いだった、私の興味を返してほしい。

 

とりあえず、私はすべて理論で捉え、その構造や魂への理解を深めることになったんだ。

先ず、ツインレイのステージって何?


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まず、聞きたい。

ツインレイのステージってなに? だれがつくったの? それって信頼に足る人なの? ってこと。

ここがまず疑問だった。そして、自分自身をステージ化させてみたが、正直なところ、その経緯は永劫回帰しているだけじゃねえかっていうのと、この世のメカニズム構造なだけだったっていう話だった。

いわば、これがステージなのか? っていうと、ステージではない。

まず、ここから騙されている。

ツインレイはステージなど存在しないってことに気づかなければならない。

私は、被暗示性が強い人種だ。つまり『そうだ!』って提供されたら『なるほど!』と乗っかることができる。

ゆえに、盛大にずっこけることになった。

ちなみに私はツインレイを愛せよという内容をよく見かけて尚、思っていたことは『人は無償の愛なんぞ持ち合わせてねえぞ?』ってことだ。

いわば、この時点で『ツインレイを愛することは正解なのか?』という疑問が生じる。

しかし、私は『愛する以外にどうツインレイと接したらいいかわからんかった』理由は、上記の通り、私の生き方そのものが道徳にあったからだ。

私は自分より他者を大切にする。その道以外に人と接する方法をしらないピュアピュアだったからである。

もっとも、私はツインレイを愛したがゆえに大失敗を犯し、一回しきりなおせということで離別を迎えることになっている。

いわば、私の事例は『失敗例』なんだ。

 

つまり何が言いたいのか。

ツインレイのステージは『失敗例』なんだってことを先ず知ってほしい。

んで、今までツインレイとしての成功例はひとつもでていないかと思う。

だって、先ずはツインフレームやツインレイと言われているステージをぶち壊さなきゃいけない。

というのも『集合無意識がそのように学習している』状態なんだ。

つまり、ツインレイやツインフレームと出会うと『嫌でもそのような道になる』っていうこと。

集合無意識はそのように組み上げていってしまう。そしてツインレイの情報なんて読んでたら、そのようになってしまうんだ。

 

私がツインレイステージのぶち壊し大作戦の白羽の矢がたった理由だが、もっとも適任者だったとしか言いようがない。

 

私は先ず『ツインレイ』というものを身を持って体験した。

正直なところ、ふわふわした感じて体験していた。ちなみにそこに多くの感情を感じたりすることもあったが、辛いことは慣れている。なぜならば、人を愛することとは自分を放棄することであり、自分を放棄することは今までもやり続けてきたことだったから、そんなに苦痛ではなかったんだ。

やればよかった。そしてやってみた。

なんと、破壊された・・・・・・・。

間違えてんじゃねえかよ! っていうのが私の魂の叫びとして聞こえるだろうか。

私は同時に「自己分離」を起こしたのである。

わかるだろうか。それまで私は『自己統合状態』だったのである。しかし、ツインレイの彼を愛しきることをしたがゆえに『自己分離』を起こした。

つまりなんだが、私は欠片になる精神状態にまで追い詰められることが「ツインレイのステージ」だったってこと。

 

ちなみに過去に戻れるならば私は過去の自分に教えてあげたいというよりも『ばかか、おまえは』と罵倒すると思う。

 

そもそも『ツインレイのステージはない』ってことをここに書きたい。

そして、それやると精神ぶっ壊れるよ、やめときや。って書いとく。

たぶん、ここまでぶっ壊すのは私ぐらいかと思うから、やれないっていうのが事実かと思う。

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統合は存在しているのか?

前述している通り、自己分離状態になるんだ。ツインレイのステージは。

少なからず、私は『高次の自我だけ』になった。おかげでナギナミのお役目まで終わらせることが出来た。

いわば、旧来のナギナミの思想の定着が集合無意識にある限り、ツインレイは結ばれないから、この部分は改善せねばならない点だった。

(集合無意識にダイレクトにつながって自分の思想がそのままそっくり組み替えれるっていうのは、たぶん、集合無意識へアクセスをする権利をもってないと無理なんだと思う。その権利を私は取得するために頑張っていたような気がする。)

 

で、自己分離状態じゃなかった私は、サイレント期間に自己分離状態に陥った。

しかし、そもそもその『自己分離』も幻想ではないかとすら思っている。

いわば『見え方』だ。

 

万華鏡ではないかと思っている。

万華鏡は『ひとつの焦点』に対して、三角形の鏡を合わせることで六面が生まれる。いわば、このような状態へ陥らせられていく。

つまり、私が『影』や『シャドウ』といったのは『ひとつの焦点』が分散されてしまう現象が起きてしまう。それが自己分離に『視える・感じる』んだ。

そもそも人は『自己分離など起こしている人などいない』のである。

そしてすべての人が統合をしている状態なのである。

それを自己分離しているように見せかけることができるのが『サイレント期間』なのではないか——と思っている。

だから人々は常に『統合せねば』と躍起になっているんじゃないかって思っている。

すべては思い込みにより生じている。

 

ただ、私は確実にバラバラだった。少なからず、自分のなかに強い抑圧が存在していた。自己分離というよりも自己抑圧が強い存在だった。

その部分を解放せねばならなかった。そのために、私にはメンバーが揃うことになった。

おかげさまで、九分九厘にいたるまでの悪の道を突き進み、最終的に反転させるということに成功することになったわけだが、私はまだまだ反転させたいのである。

私は悪に手を染めすぎていたためにひっくり返るものが多いのである。

 

そもそも私たちは『分離などしていない』のである。

そして『統合できていない』という思い込みが存在しているっていうこと。

テーマはいつも『等身大の自分』でしかなかったように思われる。

ツインレイは常に『等身大の自分を処理せよ』ということだ。自分のなかに問題があるのであれば、その問題を処理してから結ばれたほうが幸せになれるよっていう関係性なだけ。

私みたいに教育勅語守って人生生きてみました! みたいなアホじゃなかったら、ここまで酷い状態に至ることもないはずなんだ。

 

私たちはツインレイと統合することもないし、統合する必要性もないってこと。

私たちは何故か躍起になって、とーごー! って叫んでいるけど、じゃあ、統合できているってどういうことなのか?

色々考えてみたが、最終的に行き着いた結論は『統合みたいな経緯はあるけど、別に統合しているわけではない』ってこと。

そもそも、私とツインレイの彼は統合したままである。

出会ったときから私たちは統合している。

しかし、私たちふたりの場合、真逆に進みすぎて分離しちゃったっていう問題が生じた。いわば、サイレント期間はおのずから分離して、ふたたび統合状態に戻らなきゃいけなかったっていうスパンとなってしまった。

理由は『道徳的過ぎる存在だったから』としかいいようがない。

 

ゆえに、ツインレイに統合するっていう概念そもそもがおかしい。

そもそも統合しているのをわざわざ分離させて、ふたたび統合させる経緯の無駄。これを時間の無駄っていうんだよ。

おかしいでしょ。

この無駄な時間を創ることは人間のなにかの趣味なわけ? ってこと。

これが『学び』だとか『試練』だとかいうのであれば、私は語尾強く母体に還れっていうと思う。

これを私は『夏休み』と認識していた。もっともこの期間は『過酷な休憩期間』であり、楽しい人生の休暇なのである。

 

ここで私の結論はこうだ。

人はそもそも自己統合できている存在であり、自己分離は妄想である。

ツインレイは当初に統合を既に果たしており、再び統合する経緯の為に分離をしようとする意味の分からないツインレイステージというものが存在している。私はこれを頭おかしいツインレイステージと呼びたい。

わざわざ辛いことが好きな人間たち

私が『ありたい自分』のために突っ走ったのは、タブン何かしらの意味があったのかもしれない。

それが私の理想であり、そういう理想の為に走っていく青年期を私は誇らしいとは思っている。

だけど、そうじゃないツインレイたちもいるはずだ。

別に理想の為に教育勅語的であろうだなんて思う人、私の周囲には数人しかいない。みんな帝王学持っている、私はそんななかにいたのもあって、私自身のなかで理想はやっぱりそこにあった。

辛いこともあったけど、それでも『楽しいこと』もあった。幸せだったんだよ、その人生が。

そういう苦行が好きな人たちもいる、そういうことが好きな人たちも。

んで、聞きたいんだ。

みんなそうなのか? みんな、苦行したいの? 私みたいに自分は他者の為に存在している! みたいな感じで生きて生きたくて、そこに幸せが見つけられているのか?

違うだろうがよ。

たぶん、みんなおもっているんだよ。『幸せになりたい』って。

私は自分の人生を誰かに押し付けるつもりはないんだ。

実際、私は人として少々成熟しているところがある。少なからず人としての力量が多いかと思われる。それはやっぱり認める。それが出来るから私はやっぱりこの立場にある。

だけど、すべての人が私と同じだけの力量がないとツインレイと出会い、ツインレイと結ばれていくっていう路線を持たなきゃいけないのかっていうと、私はそれはとても間違っているんじゃないかって思っている。

 

誰しもがツインレイと結ばれ、幸せに生きていくことを望んでいると思う。

だけど、どうしてツインレイと結ばれる路線を選ぶことが出来ないのか。サイレント期間が訪れるのか。

それはやっぱり『自分の欲求に素直じゃないから』なんだと思われる。

私は泥を吐くほどに優しい。彼も同じだ、もの凄く優しいんだ。

だけど、ツインレイの相手に対して、その優しさは必要だったのかと考えてみると、正直なところ、その優しさは付け焼き刃だったような気がする。

優しくしたいっていう気持ちはもちろん大事なんだけど、でも、それって『自分に優しくしてほしい』っていう気持ちの表れでもある。

だったらはっきり『優しくしてよ』って言えばよかったんだよ。どうしたら自分にとっての『優しさ』になるのかを話し合わなければならなかった。

少なからず、私たちはサイレント期間で分離を取り戻し、再び綻びの箇所を統合に戻すことができる。

その分離は『本当に分離なのか』と考えてみてほしい。

だって、私たち、サイレント期間にずーっと繋がっていた。それは分離ではない、常に統合状態だったんだ。

 

問題は『ちゃんと向きあおうとしない姿勢』にあった。相手の話を聞こうとする姿勢もそう。

本当、最後に私は一番認めたくなくなかったことを認めなくてはならないんだ。

「サイレント期間なんて存在していない」ってこと。

 

もちろん、甚だしく私たちは分離しなければならなかった。そもそも分離などしていないが、分離していると思わなければならなかった。

そうやって関係性を構築するしかなかった。

というか、やらなきゃいけないことがあった。

コトの真相を全て明らかにする必要性が最重要事項でもあった。

だから、私は去年の一年を理論に費やした。

今回、私がしなければならなかったのは『ナギナミの分離の統合』というナギナミの再会でもある。

いわば、私の分離状態は彼らを模し、ふたりが再会できることが私たちにとっての『ひとつの集合無意識の組み換え』に繋がっている。

意味が分からんだろう、そう意味が分からないんだよ。私自身も、理論的に説明するにはこれ以上はなかなか難しいんだ。

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ツインレイと言う不幸と否定

ツインレイという存在はきっと、あなたにとって『一番最悪な相性の相手』だ。

そんな相手を好きになるってことは『自分のことがあなたは一番大嫌いなんだ』ってことを理解してほしい。

一番大嫌いな自分は『どんな自分なのか』を振り返ってみてほしい。

その自分を先ずは受け入れてみることが一番重要なんだ。

私は、ツインレイと出会うことが一番の不幸ではないかと思う。

なぜならば、自分のことが大嫌いだからだ。

だけど、そんな大嫌いな自分を肯定することができるのが『ツインレイ』という存在だ。

先ず、ツインレイと出会えることは幸福なことだと思っている人、勘違いだ。これは最大なる不幸なんだよ。

自分は不幸なんだ、だからツインレイなんかが出てきちゃったんだってことを理解してほしい。

自分が幸せになれていないから、ツインレイがやってきて、自分を幸せにしようとしているんだ、と。

じゃあ、自分の幸せとは何か——っていうことなんだ。それが『否定』のなかにある。

自分が何を否定してきたのか。その否定を反転させて、肯定できるように足を進めてみてほしい。それだけのツインレイのステージは歪むから。

 

そして、自分が何を許してきてしまったのかを思い出してほしい。

自分が他者に『本当は嫌なのに許してきてしまった』過去があるだろう。

その集大成がツインレイとして具現化される。

私は許しすぎた。その許しすぎた結果がコレである。もっともツインレイのことも許した。挙句、私は分離したのである。

その分離は愛したからにすぎない。

代わりに、人となりは強く大きく飛躍した存在にはなれる。しかし、代償は『時間』だ。

そして、精神的疲労もある。私は別に、こんなことをすべての人が行い、ツインレイとして分離と統合をする必要性はないと思っている。

ふつうに幸せになれるのであれば、それはそれで結構じゃないかってことだ。

 

私たちが許せないのは『苦労せずしてツインレイと結ばれている誰か』だったりしないのか、考えてみる必要性がある。

ちなみに私は普通に許せないね。だってこんなに大回りして、めんどくさい道をお役目だからとやらされて、私の人生めちゃくちゃだよ、マジで。

迷惑甚だしいわ。

だけど、私はそれをうらやましいと思う。私がなりたい自分はそこにいるから。

ただ、微妙なのは、サイレント期間もない苦労もないツインレイたちって正直なところ『何も学んでいない人たち』でもあるんだよ。それになりたいのか? っていうと、正直、なりたいと思わない。

苦労には苦労の意味がある。そこにいたるまでの遠回りをすることにも私は価値があると思っている。

だけど、それが『正解』だとは思わない。正解は本当のところは『遠回りせずとも出会うことができるツインレイ』なんだと思う。

私はツインレイの遠回りのなかでの『最大値』を引いている。

だから、これ以上に遠回りになるツインレイたちもでてこないだろう。いわば、これ以上にでかい分離状態になる人たちはいない。

ツインレイという幻想

私は、ツインレイというそのものさえ、幻想なんじゃないかって思う瞬間がある。

だけど、私はこの幻想をそのままにしたいと思っている。

なぜならば、ここには希望があるからだ。そしてここに私たちの救済がある。

もし、これが嘘でもいいじゃないかって思っている。

私は、ふたりの関係性が『魂の双子だったんだ』って思えるだけの素晴らしい恋愛がそこにあるのであれば。それだけの強い関係性がそこに存在しているのであれば、私はこれ以上にない幸せだからだと思うからだ。

だから、私は、この『ツインレイという幻想』はそのまま『ツインレイは存在する』という形に落ち着かせておきたいと思っている。

私はそういうロマンは大好きなんだ。

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私が行った経緯は何なのか

さて、私が行った経緯だが、これは人が神という意識レベルにまであがるときの統合経緯にある。

いわば、これは神さんがやることであって、人がやることではない。

じゃあ、おまえは神か? っていうと、私は人だ。だけど、成熟している魂の人間だ。

よって、この経緯は『神のツインレイ』ってことにしようかなと思っている。

神さんたちが地上にきたとき、統合する経緯が必要なんだ。神さんだって地上でツインレイの再会をしたいと思っている。

だけど、神さんたちも地上に来るとき、分離状態になる。その分離を他者から内包しないとうまくメカニズム上いかないようなんだ。

これは私が知っている神さんが最後死別してしまったっていう統合の経緯にある。

つまりなんだが、神さんたちがこの世でツインレイの出会いをしたとしても、最後は死別になる。なぜならば、魂の完全性が取れないから。

地上におけるそのケースが存在していないんだ。

だから、神さんたちの命は地上で儚くなってしまう。

私のサイトに書きだしたものは神さんが行う『神と悪神の統合』という形で定義したいと思う。

んで、神さんに近くなればなるほど、その魂が持つ『悪』は分離していることが多い。人間用の魂の器に入り切ることがないんだ。だから、そのときは『善と悪の統合』が必要な経緯としてサイレント期間を設けたいと思っている。

ちなみに私は自分の魂のなかに『悪』を持っていなかった。理由は悪の分離をして生まれてきてしまっているからだ。

もし、悪の分離をしたまま生まれてきてしまったのであれば、サイレント期間に悪を内包するように計らってほしい。

さいごに

最後に。

ツインレイのステージ、ツインレイの統合を覆させてもらった。

神は人に『苦労をしてほしい』とは思っていない。

別に、ツインレイたちに苦労や試練とかも得てほしいとは思っていない。

一番、大好きな人のそばで、いっしょに楽しい人生を送ってほしいと思っている。できれば、この神の創造により溢れた物質世界で。

いわば、私たちはお金を使うことや肉体があることは『神に愛されている』っていうことを受け取っていることに等しいこと。

その愛を受け取ることができた人から、ツインレイは離脱していくんじゃないかって思う。

 

人はとても小さい。だけど、人には足がついている。そして時間がある。それだけ大好きな人に会いに行けるよね。

私たちはツインレイに会いに行ったのかな。会いたいと思ったならば、今すぐにでも電車に飛び乗れるだけのお金と肉体があればいいんだ。

私はそれをしなかった。たったそれだけのことをしなかった。

自分の心に従わなかった。私は低次の自我を無視したに過ぎない。

相手の望みは私の望みだったんだ。時すでにもう私たちは統合していたんだ。それを壊してしまったのは相手の言葉を信じてしまったからだ。

私が大きく後悔をしていることを、みんなの教訓にしてほしい。

ツインレイという『檻』にはいらず、率先的に繋がっていってほしい。

ツインレイの言葉を信じていないで、自分の行動と思いを信じたほうが私は重要だと思っている。

自分の心が変われば、関係性も変わる。

私はそう思う。

ツインレイの関係性を悪化させているのは『自分が素直になれていないだけ』じゃないかってこと。

 

できれば、これからツインレイの多くがサイレント期間もなく、そして関係性が不穏になることなく。出会い、結ばれていくことができることを願っている。

私の覚醒は普通に『幻想から目を覚ませ』のほうで、人として成長するとか、直感が上がるとか。そういうものではなかった。

ただ『ツインレイの現象はすべてまやかし』という事実に気づくことが私の覚醒だった。

 

私はね、人は人でいいと思っているんだよ。

人が神になるとか、成長するとか。そういうのもどうでもいい人なんだよね。

だから私はアドバイスをするとか、そういうのがない人なんだ。

私はそのままでいいと思っている。人が『人』であることは、それはそれで素晴らしいことなんだ。

だから、神になるだなんて思わないでほしい、神の真似事をしないでほしい。

神が行うことは『神がやること』なのね。人がやることではないんだ。

だけど、こうやって人が困っているとき、神はちゃんとおりてくる。どうにか処理をしようと考えている。

この世界を不幸にしようとは思っていないんだよ。不幸になりたいだなんて、思わないでほしいんだ。

人が人でい続けることは悪いことじゃないんだ、そのままでいてほしい。

人を無償の愛で愛し続けるのは神がすること。神が出来ないことをするのが人のすること。役割がそもそも違うんだ。

人は神の願いを叶えるために生まれてきたんだ。その願いを叶えるために生まれてきたと言うのに、どうして苦労をするんだろうか。幸せになってよ。そうじゃなきゃ神が悲しむだろう。

ツインレイと出会ったならば、自分の心を大切にして生きていかなければならない。

どうか、誰かの犠牲になどならないでほしい、犠牲は神が背負うもんだよ。

もしツインレイの犠牲者になってしまったのであれば、仕切り直しがくる。

何度だってしきりなおして『もう一回』なんだ。

神は何度だってチャンスを与えている。それを受け取れるか、受け取れないかは自分次第なんだよ。

できれば、不幸になるのではなく、幸せになる道を歩んでほしい。そして間違えてしまったならば『しきりなおしてもう一回』って唱えてほしい。

何度だってツインレイは統合し続けているんだから結ばれる。何度だって失敗したっていい。それが許されているんだ。

だけど、何度だって向き合ってほしい。それは相手にじゃない、自分の本心に——だ。

それができてこそ、一人前の人間になる。

ツインレイ、それは半人前の魂だよ。自分の本心に向きあえないでいる魂がツインレイなんだから、自分の本当の気持ちに素直にね。それができて一人前だよ。

 

サイレント期間にはいっているとか、そういう期間ならば、まず『自分の本心』を探してみてほしいと思う。

ツインレイの悪口を叩いては、自分の本心を認めてほしい。それを受け止めるのが真っ当なツインレイだから。

自分の本心をすべてをすべて認めることができたら、きっと次に進むと思う。

いいように世界はまわっている。自分にとって都合のいいタイミングでことは進んでいる。

私はもう少し回収しないといけない感情があるから、それを回収待ちしている。

 

これにて私は『ツインレイの幻想問題』という、ツインレイのことをすべて覆すことが出来たので、私自身がしなければならない集合無意識のツインレイに関する組み換えは完了かと思われる。

では、多くの人が幸せになれることを祈って、この記事を〆る。

最後には怒りも納まったのでよかったです。