『麒麟の覚醒ステージ』麒麟の覚醒ってなんだろう。
私自身のツインレイのステージは麒麟により構成されている。
地上のツインレイの別れにより『白い馬』の夢を見ている。このとき、私は麒麟のメスである『麟の覚醒』となっている。
麟の覚醒とは霊能的なものもあるが、迎合主義になることである。
迎合主義とは「自分を捻じ曲げててでも相手を成立させること」であり、自分の意見、自分の意思、自分のすべてを折り曲げて相手を立てる意識である。いわば、これが「女性性」ともいう。男性をたてるというが、麒麟のメスは「相手を立てること」をモットーとする。
最終的には、相手を受け入れ続けることにより自己破壊を起こしていく経緯があり、いかなるときであったとしても相手を立てるなかで精神的に少々吹っ切れていくものが生まれる。自分へのこだわりがすべて失われていく。
「自分が間違えている」を常に受け入れていく経緯。すべてにおいて他者が正しく、私は間違えている存在であることを受け入れていく。人に合わせるんじゃなくて、そもそも自分が間違えているっていう観点がある。
そして、自分が消失していく経緯では「相手の目線に立ってモノを視る」ことが出来るようになる。相手と自分が同一的な感覚が生まれ、同一した観点から視える目線では「いかなる相手にも道理があること」を知るようになる。このとき他者否定が喪失されていく。(ので、あたいはすべての人を肯定しながらも、すべてにおいての自己否定者となる。)
これが地上のツインレイによる覚醒であり、この麟の覚醒を成立しきるまでは五年以上かかっている。この期間は修行していたともいえるし、ものすごい勉強していた。
楽園のツインレイの別れの少し前に「鳳凰」の夢を見る。鳳凰は「聖天子の誕生」にある。これは『仁』が成立したとのこと。
楽園のツインレイによる出会いは、私の中にある『麟の覚醒の最終形態』にある。最終的には聖天子を生み出すこと。それが「仁」。
仁とは心であり「他者」と「自己」における表裏一体性にもありながら、同一にあること。
楽園のツインレイは私にとって究極に合わせ切れない存在であった。私は彼に「まかせて、合わせ切れるよ。」って伝えている。だけど、合わせるのが辛すぎて何度も泣いた。
この経緯により、私自身は「麟の覚醒」を完全化させていくことになる。
地上のツインレイによる別れにより、麟の覚醒が始まり、楽園のツインレイによる別れにより麟の覚醒が完了する。麟の覚醒では「仁」を生み出すこと。そして、これは私の出産でもあり、ツインレイの相手に明け渡すことになる「心」の正体である。(つまり、これが徳なんだろうな。徳(心)の譲渡をツインレイへ行っている。)
聖天子の誕生の段階では鳳凰がやってきては祝福をする。それは麟が君主を産み落とした瞬間である。
聖天子が誕生したあとの私は「麒の覚醒」へと入る。今まで迎合し続けたことにより麟の意識は麒を覚醒させていく。
迎合した分だけ孤高となる。つまり吸収したら吸収した分だけ丸ごと自分の意見を成立させることが可能ということ。
今の私の多くのデータや思想についてなども、私自身が多く人のために頭をつかってきたかの分だけ、すべて孤高として成立させることができる。
それがちょっと膨大過ぎたのが私である。鳳凰による祝福をもらうだけの仁という徳が成立している分だけは『麒麟』としての成熟を認めてもらうことができる。
これが麒麟が仁獣と呼ばれる所以なんだろう。
麟の覚醒においてはしばらく「アウトプットにあけくれること」にある。メスの意識はインプット、オスの意識はアウトプットって感じ。だから地上のツインレイの覚醒後、ずっと勉強していた。インプット期間であり、それしか出来ないから。
人生のなかでインプットして自分を喪失した分だけ、アウトプット領域が生まれ、これが麒の覚醒にある。
そして、この麒の覚醒では「ユニコーン」を前回の白い馬と同じような景色でみている。
白い馬のときは、夜の景色の中から丸く切り抜かれた空間からこちらをみている馬。その後、ペガサスが空を飛んでいる夢も見ている。
ユニコーンのときは、昼の景色から丸く切り抜かれた空間からこちらを視ている三匹のユニコーン。その後、ペガサスが空を飛んでいる夢を見る。
ケースは同じなんだが「オス」と「メス」によって覚醒の夢見は違うのだと思われる。
麒麟としての覚醒は、ほぼつい最近になる。
数か月前に「不死鳥が鳥かごにはいる夢」をみている。
前回の麒の覚醒が始まる段階では、少し前に鳳凰による聖天子による仁の確立を意味していた。
それが戻ってきた——ということにもなるのかな?
私のなかには聖天子と、そして麒麟が同居しているのかもしれない。
また鳳凰のタイミングで他にも鸞(らん)の夢も見ている。神霊の赤ちゃんの姿が鸞で、それが大人になると龍になると思っていたが。色は青で羽根がカラフルなんだ。確かに五色ぐらいあったかも。
鸞は神霊の精が鳥と化したものとされている。「鸞」は雄の名であり、雌は「和」と呼ぶのが正しいとされる。鳳凰が歳を経ると鸞になるとも、君主が折り目正しいときに現れる
ほかにも同時期に「霊亀」も夢で見ている。小さい亀の子が産まれまくってて、仙人が世話しとった。
東洋の神話等においては、亀は千年以上生きると強大な霊力を発揮し、未来の吉凶を予知出来たのではないかと言われており、霊亀もまた千年以上を生きた亀が強大な霊力を得た事で変異・巨大化したのではないかと言われている。
そうすると、私はこの時「四霊」を夢で見ていたことになる。
四霊とは、「鳳凰」「麒麟」「応竜」「霊亀」である。
- 鳳凰
- 麒麟(ユニコーン)
- 応竜(龍の子・鸞)
- 霊亀(亀の子)
というようにして。
なんだったんだろうな。それぞれ、虫の長とされているが、鳳凰は羽虫、麒麟は毛虫、霊亀はダンゴ虫。そしては応竜は糸ミミズの長なんだって。フゥン・・・。
虫の長だと考えられた四大聖獣。
応竜(魚のように鱗を持つ鱗虫の長)、
鳳凰(鳥のように羽を持つ羽虫の長、鳥類の長)、
麒麟(獣類のように毛をもつ毛虫の長、獣類の長)、
霊亀(甲殻類のように固い殻や甲羅をもつ甲虫の長))引用:『和漢三才図会』「麒麟」
これは私の魂が麒麟だからこのようなステージ展開である。ほかの皆が、なんの魂なのかを私は知らない。
だから、どのように覚醒していくのかを知らない。
だけど、おおまかには同じようなステージ展開はしていると思うのと、それぞれ、4種類の覚醒のステージ展開があるかもしれない。