賢者の石の赤化(ルベド)が終わるまでの経緯-錬金術⑤
錬金術にも多くのプロセスが書かれ、そのなかで一番に有名なのは、
- 黒化(死・腐敗・黒くなる・墓場のような悪臭)
- 白化(浄化)
- 黄化(黄金化)
- 赤化
というプロセスです。
この経緯のうち、最終的な『赤化(賢者の石)』までが終わったようなので、それについて記述を残しておこうと思う。
ツインレイの出会いからサイレント期間までの経緯において、どんどんと自分を『殺す』過程を迎えていく。
この自分を殺すとは『自我』である。年月として約10年ほどを要しながら、順番に『自分を殺す』経緯を続け、最終的には『自我の喪失』にまで至らせていく。
殺すと言う概念そのものが、そこに存在していると考えられるため、あるとき『自分を殺すのではなく消失させなければならない』と気づく。この経緯で「自分とさよならをする」段階もあり、本来の自分を常に抑圧し続け、超自我により自我を抑圧させていく経緯が存在している。
最終的にすべての自分を抑圧しきるとき、私たちは『浄化』の道へ進む。また、この段階で、ツインレイの相手と聖なる結婚(原理の統合)が行われる。
魂をこねこねするターンである。
ツインレイのサイレント期間に入り、ツインレイの相手と聖なる結婚を果たす為、自らのなかに存在する多くの抑圧した自我を浄化させていく必要性がある。
黒化の段階で、抑圧した自我と対面することになる。この段階で『影(シャドウ)』が発生する。
影は自らのなかに存在する、凶悪的な人格であり、私たちがこの社会で生きていくために不必要だと思い抑圧したものである。その多くが『煩悩』『欲求』『支配』などの私たちのなかに存在する共存するには不必要だと判断したものであり、影の存在は私たちが抑圧した存在を投影したものである。(また、投影のみならず、事実そのものでもある。)
抑圧した自分を何人かにわけながら、対面する。このとき私たちの影はひとつに限らず、また、この影は濃ゆいものから薄いものまでもある。
浄化の段階では、何度も「影を受け入れる」までに続く。自分のなかに影が存在している事実を受け入れるまで続くことになる。
並行的に善悪として分離していた対局した存在を統合させ、二元性的な理解へとアップデートしていく経緯で、ものすごく色々と二元性の理論を立てつづけることになる(賢者の修行かもしれない・・・)。
1年から2年ほどの期間に凝縮されている。
黄金化の段階では『個性化』を済ませることになる。
この段階では『赤化』と『黄金化』のどちらかが先になるのかは順不同のようである。
黄金化の段階では、善悪二元論から二元性へとアップデートをすることに成功し、誰かを犠牲にすることがない世界観を理解し受け入れる段階に差し掛かる。
誰かを犠牲にせずとも自分の願いは叶い、自分を犠牲にせずとも誰かの願いを叶えることもできるようになる。
無意識の自分を自覚し、無意識の自分も『自分である』と理解が出来るようになり、夢見の内容が常に自分が主役であり、体感も強くなり、夢分析も前よりも非常にわかりやすくなる。
黄金化とは『無意識の自分』と『意識の自分』による足並みがそろうことにある。
レイキの回路を開いてもらった日に「クレアボヤンス(霊視)」という用語を直感的に知り、夜に不死鳥の夢をみる。赤化の終わりかなと思い、賢者の石の完成に差し掛かっているとして考える。
すべての存在に感謝する心を持ち、すべての存在に我が身を預けるようにして生きる。
支配や束縛を悪ともせず、そのなかでこその癒しち安心を理解し受け入れる。
善悪二元論のなかでも二元性へアップデートする過程で黄金と化すが、善悪二元論のうちの『悪』を受け入れる段階が赤化となる。
- 黄金化・・・二元性となる
- 赤化・・・善悪二元論のうち悪を受け入れる
錬金術のなかで 黄金化と赤化のタイミングが逆転することもあるとされているが、この理解がどちらが先かの違いにある。二元性の理解が先か、悪を受け入れることが先か。
次なる段階も、一応「この日」と理解しており、たぶん、その日には『他者へわけてあげる方法』を理解するのだと思われる。
この段階においてを大いなる作業にて書き示されているものだと思われる。
- 煆焼
- 溶解
- 分離
- 結合
- 腐敗(黒化)
- 凝固(白化、赤化)
- 滋養強化
- 昇華
- 発酵
- 高揚
- 増殖
- 投入
今、滋養強化の段階でレイキヒーリングを自分に行い、自己愛を学ぶ段階にある。
自分が持つ無意識の自分を『滋養する』必要性があると言うことだ。
この後半にあと2年かかります(´・ω・`)・・・