ツインレイの再会の重要『言』『心』『行』の一貫性について

| Ⓒ なとり

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ツインレイステージまとめ

私のステージが進むごとに更新していくステージをひとつの記事にして販売しています。


さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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これはかなり重要なのかな? と思うので、ここに書きとめたい。

言、心、行とは、言葉と本音と行い——のこと。

 

本心・・・お願い事がある。

言・・・自分のお願い事が叶わないのであれば、その願い事を叶えるために自分はどうあるべきかを言葉にする。

行・・・次に、自分のお願い事を叶えるために、言を守る。

本音・・・言を実行することにより、言に音が宿り、神からのお返事が成立する。

 

という感じになっている。本心が本音になる経緯でもある。

「言」と「音」の字の成り立ち

神への誓い

神からのお返事
図の説明:言という文字の成り立ち
図の説明:音という文字の成り立ち

『言』という文字は神に誓いをたて『音』という文字は神からの返事をもらっているという字の成り立ちとなっている。
引用:ツインレイによる音姫の契約と『言』と『音』について

この経緯で、ツインレイもかなり深く関係していると考えられる。

私はどうしても『待つ』がやめられないんだが、それはこの手段を踏んでいるところがあるみたい。

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本心・・・(お願い事)彼くんと結婚したい。

言・・・(神へのお願い事)結婚したいから彼くんが結婚できるようになるまで待つと決める。

行・・・言を守る、だから『待つ』。

本音・・・待ち続けることにより言が音になる。

 

この経緯を踏むことで『言を守らなければならない』のだ。守らないと入れ墨用の針がグサッて刺さるんだと思う・・・。口のなかにグサッて・・・。つまり『舌が痛い』わけで「従いたい」になってしまう・・・。言を守らなかった人は「誰かに従う」になると思う。

ここで言を守らないと、主従関係による関係性が成立するってこと。

ここでの問題は、根っこにある『本心』が、本心ではなくて一時的な感情とか欲求とか、エゴとか。そういった自分のための行動をすることにより、言を守ることができない。

自分で自分に決めたことが守れないって感じだろうか。自分との約束、神との約束が守れないから『行』の部分が『従』になってしまう。

ので、ここでは『苦行』が強いられることになる。

逆に、自分との約束や神との約束が守られているとき『言』が守られている『行』となる。ゆえに最終的には『神からの知らせ』がやってくる。

図の説明:「立てない」

辛の文字を分解すると『立』と『十』になる。十をそのまま器のなかにいれると、音の字の変形みたいになる。そのなかにある『縦の線を消す(縦がない)』状態にすると『音』になるのだ。
引用:ツインレイによる音姫の契約と『言』と『音』について

『針が刺さらない』のが『音』。

音になるときは、入れ墨が魂に入れられていないってこと。これは『邪な心がない』ってことで、邪な心があると、そこに「針が刺される」んだと思う。その針がささることで「痛い思い」をするようになるのかなと思っている。

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この『行』なんだが。

先ず『言』によって、自分はどうするのか、自分はどうなるのか——を決める。この決めた内容を実行できない場合、誰かに従わされることになるんだが『行』を行えないと『言葉』による問題が浮上するかなと思っている。

行が行えていないとき、人は「愚痴る」「悪口を言う」「人を攻撃する」等の、言葉による悪を孕むようになると思う。

理由なんだが、自分が行動できていないから人が行動できていることに腹が立ってくるから。だから、自分の行動できていないことを棚上げにするために、人を悪く仕立て上げては攻撃しようと考える。

人の行の邪魔をしたくなるって感じだろうか。

だから、人は愚痴る、悪口を言う、言葉で攻撃をする——という言葉に関する問題を生み出す。その代わりに当人は「行」を行っていない感じ。つまりなんだが、これらが全体的に「言い訳」となる。

自分が行を行わない言い訳として、他人を引き下げようとする感じ。

行を行っている側は、なぜか知らんが悪口言われては言葉で攻撃されることが多々あるのが現状なのかなと思っている。

すると、自分の心が余計に悪くなっていって、行が行えないし、言も言えなくなる。神にお願い事をする機会さえも失われていくような、そんな感じがする。

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私のツインレイのステージ的には、

図の説明:出会いの段階で『言』、サイレント開始で『行』

こんな感じだろううか。

言の段階で『発言する』ことで、次に、その発言が行動に移せるようにする。この期間もぐだぐだと「なとちゃ彼くんいないと無理。」みたいになってたりする。

行にはいる前段階で『行動する』が出来るようになる。「なとちゃ待つ、できるよ。」とか言ってる。ちゃんと待っていられるって感じかな。その後にサイレント期間に入る。

今度は『行』を始めるんだが、待ち続けなければならないんだが、その本当に行動的に待つっていうのは苦行で。この苦行をやり続けている最中も「彼くんに話しかける」とかもするんだけれど、返事ないし。つまり「待てない」みたいになったりもするし、待てないんだけれど、ずっと待ってるみたいな。

待つって決めたから、待ち続けているターン。だけれど、そろそろしんどい、みたいなのをずっとやっている。で、最終的には「待てた!」と思える瞬間がやってきて『音』が成立する。

 

大人になる、とは『音成る』ってことなのかもしれない。音が鳴るってことだから、自分で自分との約束を守ること。そして、それが一つできるようになることが『大人』なんだと思う。

だから、先ずはこの音を鳴らさせる修行をやらなければならなくて『音を鳴らせる』ためには『言を行える』ようにならなければならない。つまり、神との約束を守ること。

音の文字の上には『立』という字があるが、日が立つ必要性がある。日が立つ経緯で、私たちは音を鳴らせるようになる。大人になるのは熟成の時間が必要だってこと。言も時間をかけてでしか証明することができない。

つまり『結果論』って話に繋がっている。

 

大人になる条件は皆違うと思うんだけれど、私の場合は『待つことができること』が私のなかでの女性としての大人の条件だった。一人前の意味が違くて、彼の場合も一人前の意味が違う。