罰の意識と約束(超人とか神人の話)

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Kindle版
さよなら、ツインレイ
当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。
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約束は守るもの。そうやって教えられてきたわけなんだが、なぜ、人間が約束を守るように進化したのか。
その理由は『罰』という概念があるから。
で、この約束やらルールやらを守る人種を構築していくことは、自己家畜化って話になってくる。
この自己家畜化については、善と悪のパラドックスって本で知ってたんだけれど、今の今まで忘れてた(๑꒪▿꒪)
なかなか面白かった記憶はあるんだが、自己家畜化については他にも書籍があるっぽいから、そっちをもっかい読んでみようかなとポチッた。
さて、最近、ルールの次に自由があるのと、自由があるからルールがある――では話が違うって記事を書いた。
さて、これで人種の分類が、家畜(ロボット人間)と自由人(超人)として分類できるようになる。
ここにあるのは、規則、法律、ルール、約束。これらを超越しているのが超人となる。
ここにあるのは『罰』の意識だと思う。
つまりなんだが、規則や法律を守らなきゃいけない状況に陥らせるのが罰の意識ってことでもある。
じゃァ、超人は約束を破るの? っていうと、これもノーだと思う。
善悪二元論に陥る時、私たちの罰の意識は、
罰――平和
というような構造をしている。なぜ罰が与えられるのかっていうと、風紀を乱すから。もとい、調和を乱し、協力関係を破壊する存在は罰せられるってことになる。
人の心を掻き乱して、平和を破壊する存在は罰せられてきたわけで、罰の概念や敵の概念はここになる。
敵も平和や調和を乱すから敵なのである。
最近、旧ソ連の横らへんの国々が「あたいたち、武装しないって協定、反古するから(´・ε・`)」とか言ってたんだけれど、結局、平和や調和を乱す存在とは約束が出来ないってことでもあるし、協定なんてやめてしまえばキャンセルができる。(つまり、これらだって口約束に過ぎないってこと)
自分たちが平和に暮らすためには、罰が必要で、約束を守ってねって言ってる。
でさ、この『自分たち』って誰?
個人的には今、宗教学サイドへのアンチテーゼブームだから『神』っていう概念へ繋げたい。ユダヤ教の元祖みたいなものかな。
ヤハウェ信仰とか、一神教への信仰や『教え』っていう概念には禁止や罰っていう思想がある。教えには禁止が多い。
でもそれ、誰が決めたルールなん? 神だよ。
だえそえ?(訳)誰それ?
つまり、約束を生んだのは、宗教ってことでも言えるし、法律ってことでもある。
でも、この地上では約束も大事だし、法律も大事。そう、大事なの。そうやって皆が安心して暮らしていけることが大事だから。家畜、大事。
だからまずは家畜になることを受け入れる。これが人間の繁栄を意味するから。
で、超人っていう人種が産まれるってことを、ヒットラーさんが話してくれてるんだけれどね。
私もこの件、かなり分析しようとしてた。
家畜化された人間である種族を超越する人種が超人ってことになってくる。
つまり、規則やルール、約束などに縛られていない人種。とは言えど、約束を破ってもいいって意味では無い。
『罰』の概念がない人種ってこと。
罰の概念が無くなると、規則やルールに囚われていない自由な子ってイメージかな。
他罰もなければ、自罰もない。自己否定もなければ他者否定もない。
そこにあるのは、自由。
束縛の中にある自由ではなく、自由だからこそ、私たちは束縛を自ら選ぶ人種が産まれてくるということ。
今までは人間のなかに捕虜として捕まってた宇宙人たちがいっぱいいたから、束縛で縛り付けて自由を奪い、ルールの中でだけ自由にしていいっていう世界観だった。(罰で縛る宗教思想を無意識に根付かせる)
これが今度は、自ら率先的に「あい、地球きまちた(*’д’*)」っていう宇宙人が多いから、人間に自ら縛られに来る。
これが宇宙的な視点かも。
各々が自由に宗教を持っているとも言える。この自由に宗教を持つとは、自分のなかに罰のない信じているものがあるってことだな。
でも、この地球にはルールがあるのね。でも別にルールや規則とか、そういうものを気にせずとも生きていける世界がある。
超人たちは『人間であることを超越している』わけで、人間であることとは何か――である。
これが『家畜』という概念なのかな? と思ってる。
家畜である人間である意識を受け入れている。そうである自分を認めている。が、なお、その意識を超越する。
私がたまに言う「人間は知的生命体である依然に生物だから結婚して子供を作ることが使命だよ」ってことかなと思う。
で、この意識を超越する前は、単純に「子供欲しい」と思う。家畜だから無意識に繁殖しちゃう。
勝手に増える。例えば、猫が二匹のオスメスがいれば、勝手に繁殖して近親相姦すらする。これが起きる。人間レベルで。
でも、子供欲しいという繁殖意識を超越すると「誰の子供が欲しいのか」になってくる。
ここで「相手への指名」が始まる。ここが超人だと思われる。
家畜は誰でもいいねんヾ(・ω・`;)ノ子供が欲しいって思ったら、繁殖するねん(;´Д`)でもそれが人間やねんヾ(・ω・`;)ノ
だって生物だから。
でも、人間は知的生命体でもあるんだよ。だからこそ「誰の子が欲しいのか」を考えて然るべきなんだが、家畜という罰の意識や恐怖によって、無意識に「子供が欲しい」だけの行動を取る。
無意識のルールに従うようになる。子供を作らないことは悪だっていう概念が私たちには備わっている。
子供を作らないことが悪だと無意識に埋め込まれた状態で結婚したら子供を産む。別に産まなくてもいいはずなんだけれど、夫婦なんだからって産もうとしたりする。
勝手に選択しちゃう。ルールに従っちゃう。
逆に反社会性人格になる人達は、ルールに従わないことで従うことになる。(つまり結婚しないことで、結婚をするっていう概念を支持する状態。否定と肯定は同じ意味だから)
超人は、自己コントロールできるってことでもあるんだとは思う。
社会のルールとは別に、無意識のルールとは別に、背徳である道であったとしても、その道を進むこと。(生殖で言えば子供を産まない選択があることを意味するかな。産みたくないではなくて、無意識では欲しいけれど産まない選択をすること。)
この状態があるとき、無意識に埋め込まれた罰の意識や恐怖の意識を超越する。無意識的に従ってしまう規則やルールを一度捉え直して、なお、如何に生きるかを選択する。
ギフテッド思想っぽいな。ギフは基本的にルールや規則を理解したうえで行動を取る人たちだから。だから彼らを罰するとき、たいてい信念のもとに行われたことばかりであるがゆえ、逃げも隠れもしない人が多い。罰せられることの覚悟の上でやってるから(´・ε・`)
だからギフテッドって覚悟とか信念とか、そういう行動をとったうえで如何なる結果になるのかを理解しているし、受け入れている。
これが超人の領域だと思う。
つまり、約束があるけれど、その約束が守れないには守れないだけの信念たる理由がある。そのとき、罰せられるのであれば、それはそれで受け入れる。このタイミングで『法律とは?』を理解するかも。ルールの本質を理解する。
これが超人スタイル。(超人は罰を受け入れ、罰を理解する)
家畜は、約束を守らないやつは間違えている。でも自分が約束を守れないときは逃げちゃえ。だって罰せられたくないもん。または罰を受けたくないから従う。でも法律がよくわかってないと思うから、たいていやらかしてしまうっぽい。
これが家畜スタイル。(家畜は罰を逃れようとする為に行動する)
次に神人があるんだけど、これはもう罰の概念とかすらない。約束を守るとか守らないっていう概念もなければ、恐怖っていう概念もない。これは無鉄砲って意味でもない。
説明はすごく難しい。
罰の概念がなくなると、自由になっちゃう。束縛するものは何も無くなる。自分のなかにある無意識のルールとの共存が超人なら、無意識のルールの消去が神人。
束縛がないから「自らをルール化する」ってことができる。
つまり、神人が「こうやねん」っていったら「そうやねん」って状態になる。
これが創造って概念でもある。
ルールとは人を束縛するものではなく、人を自由にするものであり、神人は自らのルールを行使するとき、創造をしている。
創造をするとき、誰かを害することもなければ共存を欠くわけでもない。ただ『自分の人生を創造している』ってだけ。
どういう人生がいいのかの未来を創造して、既存概念にとらわれず、自らの生み出した人生に縛られることになる。
束縛はあるが、何に束縛されるのかというと、自分の創造に束縛される。
家畜たちは自分のなかにある埋め込まれたルールにしたがって生きるけれど、神人は自ら作り出したルールに従って生きる。
で、家畜たちが「自分は創造主」って話してる。
神人たちからすれば、家畜たちが「みて(⸝⸝•̀֊•́⸝⸝)フフン!創造ちたの( ¯﹀¯ )」とか言ってて「可愛い」としか思わない感じ。いや、全然、何もやってないよ。ただ既存のルールに従っていることが創造だと思ってる感じ。(創造主とか自分を語っているの、恥ずかしくない? この羞恥心が社会性であって超人になる自分のレベル上げになる)
創造の概念だけど、創造は未来でしかない。
未来を変えるためには過去を改ざんする必要性がある(永劫回帰だから)。だからもはや神人は、過去の経験すらも改ざんしていく自己洗脳能力がくそ高いって話でもある。(精神病の方は解離症とか自己愛性人格障害とかになってくるかも。過去の経験を改ざんして記憶する力。心が耐えられないんだ罠、現実に。神人は現実を受け入れている感じ。)
で、自分に出来るってことは他人にもできる。
今まで無かったものをここに生み出すとは、無意識上に存在しなかったものを新しい定義として生み出して適応させていく。
この『無』とは、自分の世界にないものを指す。つまり、自分の世界は三歳ぐらいでほとんどが定義され尽くすとして、その定義に無かったものを生み出していくことを意味する。
言わば、無からの創造ってことになる。で、その創造を形にする力を持つのが神人。
で、その創造を受け取っていくのが超人とか家畜とかになってくる。でもそれを定義とか形にすることができない。できないんだけど、出来てるって思ってるのが家畜やねん。
約束について――だけど。
私は彼くんとの約束に固執していた。
約束を守らなきゃって思ってたし、約束を守って欲しいとも思ってた。
でも、守らなくてもいいんだなって思った。そこにこだわる必要性はなくて、こだわってしまう理由は『罰』の意識があるからなんだと思う。
私のなかに守らなくちゃ罰せられるっていう恐怖があるって感じ。
私のなかに恐怖の神がいるんだと思う。怒られるねん。怒られたくないねん。
これが自立に繋がっていく。
私を怒る人間はもういないってこと。
悪いことしても私はもう怒られない。
だから、私も彼くんとの約束を守らなくてもいいんだなって思った。彼くんも守らなくてもいいんだな。
だって罰する存在はいないんだから。
約束があって自由がある。
これが従来の私たち。
約束を守るなかででしか自由に出来ない。
でも、自由になった今。
自由であるなかで、じゃァ、自分はどうしたいのか? 自ら縛られたいのか? ってことになる。
つまり、約束を守りたいのか。
それとも、守りたくないのか。
ここに私たちの自由意志がある。
守りたいなら守ればいいし、守りたくないなら守らなきゃいい。
誰も咎めやしないのだ。いつだってやめたくなったらやめていいのだ。
家畜はね。
逆らわない温厚な個体によって交配されてきたって感じ。弱い個体の集合体が人類。
逆に最高に100%支配されたらどうなるのかって話だったんじゃないかな。
つまり支配され尽くして自由がひとつもない最弱が最高の支配者になる瞬間がやってくる。
弱虫毛虫泣き虫の最弱王やねん(´-`).。oO(
行き着くとこまで行き着いたんよ。窮鼠猫を噛むねん。それでいいんだよな。
ヒットラーは2039年としていたが、予定よりも早まったんじゃね。時間が膨大に生まれてたし。
なとちゃは家畜でいいや(´・ε・`)
赤ちゃん欲しい( * ´▿` * )