私はレイキをエゴイズムの為に勝手に他人へやっている件。

| Ⓒ なとり

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ツインレイステージまとめ

私のステージが進むごとに更新していくステージをひとつの記事にして販売しています。


さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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レイキは、

  1. 相手に知らせずに行うことは『控える』ように
  2. 相手を助けるために思いながらレイキを流さないこと
  3. 相手が拒絶するならば、レイキをゴリ押ししないこと

と言うような三ヶ条がある。

つまりなんだが、私はかなりの条約違反をしている状態である。

私は相手に知らせずに勝手にレイキをやっていることもあるし、なんなら拒絶された相手にレイキを流している( ˇωˇ )

つまりは母である。私は勝手に母へレイキを流しているのである。

レイキやってあげようか?

っていうと拒絶されますので、真夜中に遠隔で行ってる。

理由は、やっぱり「楽しそうな母が好きだから」である。完全なる私のエゴイズムな理由です。

レイキを流した翌日や、翌々日あたりの母は、ちょっとだけいつもよりも遠出してみたり。

お菓子を作ってみたりとか。

何だかとても楽しそうに過ごしてることが多いです。

だから、私は条約違反でも、私は勝手に母にレイキを流すし、楽しそうな母が私は好きだと思う。

私は母を好きでいたいと思うから、母にレイキをしようと思う。

真夜中にこっそりと、母が電車に乗って出かけられるようになるまで。

それは私の為です。母の為ではない。

 

これはルール違反でもありますし、これはルールという表と裏の話でもあります。

本来、レイキにはルールがありません。

私はルール違反していますが、悪いことはしていません( ˇωˇ )不思議ですね。

自分の為に行うことが、人の為にもなっている。

私は私が母を好きでいる為にレイキを母に勝手にやっていますが、母も勝手にレイキの後は楽しそうにしています。

とてもエゴイズムななとりです。

レイキは自分の為にあります。そして、それがいつか自分の為に誰かにレイキを当てるとき、私たちには「誰かを助けたい」という気持ちがありません。

ですが、結果として誰かは助かっている。救われてる。

ポジティブなビジョンの為のレイキが『楽しそうな母が好き』であって、ネガティブなビジョンの為のレイキが『母を助けてあげたい(苦しい母を肯定)』なのだと思います。

後者は禁止されていますが、現象は同じです。

 

私はただ幸せでありたいのです( ˇωˇ )

好きで満たされていたいのです( ˇωˇ )

私は母を好きでいたいのです( ˇωˇ )

その為に勝手にレイキをやりますが、内緒です。

シ━━━ッd(ºεº;)

レイキを内緒で母に行うことは、ルール違反ですが、ルール違反で母も私も幸せになれます。

では、ルールとはなんの為に定められたものなのでしょうか。

なぜ、勝手に相手にレイキを流してはいけないのでしょうか。

つまりは固定観念と道徳なのだと思います。

今までの悪は根底から覆されることが起こり得る時代だなと実感中。

ここに悪意はありませんよ。どうして、これが悪だと思っていたのでしょうか。

行為を禁止するのではなく、心を正すことが道徳です。

ですが、相手の素行を知らんときにやると運転中とかで迷惑がかかる可能性もあると思われる。

とは言えど、完全なる善意ならば、相手に迷惑がかかるような状態にはならないと思う。

 

心のあり方を正すと、レイキをどのような時に扱うのかも分かるようになります。

自分の為の行いは、他人の為になっています。

レイキは承認欲求の道具ではありませんし、承認欲求があるとき、内緒でレイキを流すことはしないのだと思いました。

内緒だと承認されませんから( ˇωˇ )・・・・・・

 

悪い子でもいいよ( '֊’ )

私とあなたが幸せなら、ルール違反の悪い子でもいいよ( '֊’ )

私の為に幸せになって欲しい。あなたを好きでいたいから、私の為に幸せになって。

その為に私はレイキを使う。