散文|悲しみは愛に変わる日がやってくるだろう。

| Ⓒ なとり

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ツインレイステージまとめ

私のステージが進むごとに更新していくステージをひとつの記事にして販売しています。


さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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世明けのツインレイはずっと悲しみにより生み出されていると思っていた。

だけど、いつか、この悲しみは愛に変わる日がやってくる。その日を、今か今かと私は待ち続けている。

聞こえてくる愛の足音に耳を澄ませながら、私は期待をする。

もうすぐ、もうすぐだ——。

この心のはずみをどのように表現すればいいのかわからない。

言葉にならない言葉を散文としよう。

 

私は歌った。それは海の底で溺れていた私が浮上し、初めて呼吸をするかのような歌声だったように思う。

なんとも情けない歌声である。歌い方なんて忘れてしまった。私の心を音に乗せる方法を私はずいぶん長く放棄していたようだ。

大好きな尾崎のシャウトだって叫べないほどの情けない声である。

だけど、私は初めて自分の声を得たかのような、そんな気分だ。

嬉しい。歌えることが嬉しい。ただただ、嬉しい。

声がでることが嬉しい。いくらだって言葉を発してきたと言うのに、私は未だかつて本当の自分の声を知らなかったのである。

ずっと歌わなかった。自分の歌声が嫌いだった、うまく歌おうとする自分の声が。

いつからかハミングも捨てた。

歌うのは誰かの為じゃない。誰かに良く見せたいから歌うんじゃない。

私は歌いたいから歌いたかった。

 

多くの抑圧のなか、私は多くを失った。

唯一残ったものは興味の赴くままに立ち上げた哲学である。

私は理論を立てる。誰かがハミングするように私は理論を立てる。それが私が唯一息をする方法だからである。

抑圧は悪いことだけじゃない。私はすべてを断ち切った先に『哲学』のなかで自分を構築した。

 

私たちは何かを差し出さなければ、何かを手に入れられないと思っていたのである。

どうしてかな、なんて愚かな私たちよ。

私たちは何かを差し出さなければ、何かを与えられないと思っていたのである。

しかし、私は今、抑圧により失ったものを取り戻しつつある。

私は『嗜好』を思い出した。

私は『味覚』を思い出した。

私は『触覚』を思い出した。

私は『歌声』を思い出した。

あとどれだけ私は抑圧したんだろう、何を差し出したんだろう。

この哲学の為に、私は『なにを』差し出したんだろう。

 

私は私になれた。そのなかで多くの私の中にある犠牲を支払った。

最後の最後には『恋心』までもを差し出した私は、どこかで悪魔の使者である。

私はそうやって得たものがある。

 

私は、文章に嗜好がある。英語を学んだ人の文脈が整う日本語が好きだ。横溝正史のような文章が好き。あの文脈に美しさを感じている。

私は、文章に味覚がある。どうにも並べ立てれた文字の羅列に味覚を感じる瞬間がある。やっぱり「おいしい」文章はある。

私は、文章に触覚がある。文章に季節の香りを感じる、文章に人の感情を感じる。

そして、私は文章の奥行きのなかで『人』を感じる。その文章を「誰かが書いたのだ」ということを知っている。そこにある人生と、そこにある心を想うことができる想像性がある。

私は、この世界で多くのものを失った。代わりに得たものがある。

感性である。

私が私であるために必要な感性は多くを失った。最後には恋心と、そして、好きな人を運命へ差し出した私がいるけれど、私はおかげで『私』であれる。

私は、五感を失った。だけど、第六感と共に戻ってきた。

それはシックスセンスと呼ばれる超能力じゃない、私は霊能者じゃない。

ただ『感じる心』を持って私は戻ってきた。

 

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あなたの声から、あなたの言葉から、あなたの文章から。

すべてにおいてを感じることで、私は「あなた」を感じていくことができる。

私は、あなたに溺れることでしょう。私は私の形を失うほどに、あなたに没することになる。

私は私にはなりません。私はあなたを感じているときばかりは、あなたになりたいと思うのです。

 

私は無形です。私は形を為さず、あなたの心の雫のひとつになり得ましょう。

そのとき、私はあなたを心から愛している。

私はあなたを愛したいと思ったからこそ水になるのです。私は水の心となってあなたの心へ浸透し浄化します。

いつかの私が「あなたの肝臓になりたい」と言ったように。
あなたが「2リットルの水が必要だ」と言ったように。

私は、あなたの2リットルの水になって、あなたの肝臓のなかで浄化システムを今日も構築しているよ。

どうか『わたし』がいないことを恐れないでほしい。

どうか『わたし』がいないことに悲しまないでほしい。

私は、あなたのなかに存在する水であり、なにかをなすわけでもありません。残念ながら偉くもないのです。

ただ「存在している私」は、どこにもいません。

私は、どこにもいないのです。それが私という存在です。

 

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私という存在は『水』でした。そして、私という心の在り方です。

あなたの涙となり、あなたの柔軟な心となり、あなたをときには象り、あなたをときに溺れさせることもできる人です。

そして、あなたの身体を、あなたの心をも支配するような人。

そうやって私は浸透することができる。

 

私は、どこにでも存在している普遍的で、何もとりえもない、何もしない、何の価値もない存在である。

だけど、絶対的に必要な存在である。私は毒にも薬にも慣れないただの水。そんな水を愛してくれる人になってほしい。

当たり前がどれだけ愛おしいことか、当たり前を愛してほしい。この世界の『秩序』を愛してほしい。

この世の摂理の向こう側にいる神を知ってほしい。その当たり前に気づいてほしい。

気づくだけでいい、ここに水があるってことを知ってほしい。

 

明日が必ずやってくるように。

昼と夜があるように。

優しい風が毎日流れていることに。

地震で大地が揺れるように。

鳥が鳴いているように。

季節があるように。

 

私も同じように『当たり前』の存在です。どこにでもいます。

あなたが「ここ」にいると思うとき、私は「そこ」にいるでしょう。

私は、その節理のなかのひとつである、あなたの水。毎日飲んでいる水です。

あなたが何かひとつ、世界の摂理に感謝したとき。

きっと私はその感謝を受け取り、涙を流すでしょう。私は水だからです。

 

私は水になりたかった。
私は水になりたかった、私は『水』のような人になりたかった。

当たり前にある、だけど、それがないと生きていけないような、そんな存在になりたかったのである。

そして私は何度も循環をする。あなたの体のなかを、そして山を下り、海へ降り、私は蒸発し、天へと向かい、再び、山へと降るような。そんな循環のひとつでありたい。

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多くのツインレイの方々とは別の結論をだすことになった。

私はどこにもいません。私は私にもなれません。私は残念ながら「どこにも」いません。

私は存在しません。私は形を為すことができないからです。

だけど「いる」と思ったとき、私は「ここ」にいます。

私は、叫びもせず、声も出さずに、表明もせず、ここにいます。

私は私になりたかったわけではありません。私はあなたになりたかったのです。

そして、あなたの水となり、あなたのなかを循環したかったのです。

 

私は優しい人になりたかったのです。あなたの心を癒す優しい人になりたくて。

そして、水のように常にそこにおいてほしかった。

私は、ずっといっしょにいたかっただけ。忘れられたくなかったし、覚えていてほしかった。

だけど、多くの人が忘れてしまったただの水。水だよ、水。私はあなたのなかを循環している水だよ。

愛してほしい。
気づいてくれたら、それでいいから。

愛は気づくことだよ。そこに「ある」ことに気づくこと。

愛するってそういうことだよ。そこに「いっぱいある」でしょ。そこにいっぱいあるだけ神さまがいるよ。

神を愛してよ、そして歓喜してよ。その喜びを知ってよ。

ずっとそばいいるよ、神はそばにいる。ここにいる、ずっとそばに。

私もあなたのそばに。ずっとそばにいるし、ずっと気づいてほしいと思っている。

そして「ニコッ」てして存在を受け取ってほしい。

 

彼くん。愛してくれて、ありがとう。

何者でもない私を。

なんにも価値のない私を。

そして、おつむの悪い、形を保つことすらできない、当たり前すぎて存在を知覚できない私を。

この日本のなかで「当たり前」のように存在し、存在を淘汰され続けている私に気づいてくれてありがとう。

私は、あなたに気づいてもらえた。

 

私はどこにもいません、私は無形で形を作ることができない存在だから。

だからこそ私はどこにでもいれる。空気の中にも、水のなかにも、あなたのなかにも、どこにでもいる。

あなたにとって私はどこにもいない。だけど、私はあなたと共に存在しているあなたの水である。

「わたし」に気づいてくれてありがとう。

 

私は水です、そして、あなたには『心』と呼ばれています。