ツインレイによる音姫の契約と『言』と『音』について

| Ⓒ なとり

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さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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聖書の冒頭は『神は言である』となっている。

この「言」と「音」の字は、成り立ちとしてなかなか面白いので、その辺のお話を書きたい。

この言という字は、口の部分が祝詞を入れた器で、上に入れ墨用の針が乗っかっている——という字となっている。

「会意。言と一とを組み合わせた形。言は、神に誓い祈る祝詞を入れた器であるᄇの上に、もし偽り欺くことがあれば入れ墨の刑罰を受けるという意味で、入れ墨用の針(辛)を立てている形で、神に誓って祈ることばをいう。この祈りに神が反応するときは、夜中の静かなときにᄇの中にかすかな音を立てる。その音のひびきは、ᄇの中に横線の一をかいて示され、音の字となる。それで音は“おと”の意味となる。音とは神の“音ない(訪れ)”であり、音によって示される神意、神のお告げである」

引用:103「音」は「神のお告げ」の意味か? : 常用漢字論―白川漢字学説の検証

図に表してみる。

「言」と「音」の字の成り立ち

神への誓い

神からのお返事
図の説明:言という文字の成り立ち
図の説明:音という文字の成り立ち

『言』という文字は神に誓いをたて『音』という文字は神からの返事をもらっているという字の成り立ちとなっている。

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神との契約のステージ

1.言・・・・・神へ祝詞(お願いごと)をあげる。

2.誓・・・・・お願いごとが破棄されるように見せかけて言に邪があるかを確認する。

3.音・・・・・神からのお返事。

神への誓いを立てること『言』


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図の説明:言という文字の成り立ち

私たちは『言』としたとき、それは神に誓いをたて祈っているわけである。この『口』の部分を器としているが、私たちの心からの言葉のなかに偽りや嘘が含まれているとき、私たちは『辛(入れ墨用の針)』を受け入れる——という話である。

つまり『誓う』とは、言を折ると書くが、当時は枝を折るようにして『誓う』としたようだ。

誓いを立てると『立』の文字がやってくる。なぜ誓いは『立てる』ものなのか。

誓いとは、折られ、次に立てるもの——として考える。

Oh,my god.(訳:なんということだ。)

まァ、そんな気分になる。

ツインレイの件でも「まずは誓いを立てる」次に「折る」。そして、最後に「誓いを立て直すことで『音』がなる」のである。

順序としても、先ずは誓いを立てなければならない。

これがツインレイの誓いかもしれない。まず最初に私たちは出会いがしらに『約束』をする。その約束を持っているからこそ、ふたりは共にあるが、これを『言』として行った場合がある。

それは私たちが私たち自身のなかに『神』がすまうとき、それは『言』として発動させる。

これが『言』であり、このときの私たちの心境と言えば、もし、この心に嘘があるのであれば、ものすごく辛い目に合うことも覚悟します! みたいなものだろうか。

何かのお願い事があるんだったら、その心に『悪』があってはならない。嘘があってはならないし、その心に『偽り』があってはならないのである。

つまり、ツインレイの最初に行われる『約束』のなかに、嘘があってはならない。

では、この『言』とは、どのように発言するのか。相手の話を丸ごと受け入れてしまうこと。ただそれだけだと思う。

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『言』を『折』ことで『誓』

『言』は放たされた。次に行われるべきことは『折』である。

ツインレイの間でも、出会いからサイレントまでの間に『約束』をいくつも積み上げていくが、最終的には『折』る必要性がある。

これぞ、神の試練か——。

約束や『言』とは、ふたりにより結ばれる。そのふたりをバラバラにするために先ずは『折』。その誓いをバラバラな存在でもできるのか、とか。その場に相手がいなくても出来るのか。いかなることが起きたとしても、『言』を守るのか。

そのなかに『邪なものはあるのか』を誓いの段階でチェックされる。

この経緯が契約とか、盟約の経緯にあたると思われる。 お互いがお互いの神によりチェックしているのではないかと思われる。

神からの返事は『音』でやってくる

図の説明:音の文字の成り立ち

誓いをたてたところ、折られたわけなんだが、そのなかでも『立つ』ことが出来た人。

『立』とは、大地の上に人が両手をまっすぐに広げて大の字に立つ姿を模している。

つまり『辛』という神から与えられる入れ墨の刑が『立』という大地に立つ人となったとき、祝詞を入れる器のなかに「コトコト・・・」と音がなる。これが『音』の文字の成り立ちにあると思われる。

 

図の説明:「立てない」

謎かけみたいになってきたが、辛の文字を分解すると『立』と『十』になる。十をそのまま器のなかにいれると、音の字の変形みたいになる。そのなかにある『縦の線を消す(縦がない)』状態にすると『音』になるのだ。

これは「立てない」から音が鳴っているのか?

この縦の線がない状態とは『入れ墨用の針がない』わけである。邪なものを刺す必要性があるが、刺すことができない。だから縦がない。針が必要ない。

針があると『田』になるが、針が無ければ『日』となる。

自分のなかに神への祝詞内容に邪なものがなければ日が立つ。しかし、祝詞内容に邪なものがあれば田が立つ。

これは「人を立てた」人には、自分のなかに「縦がない」のかもしれない。「自分を立てた」人には、自分のなかに「縦がある」のかもしれない。それは『楯』でもあって、自分を守る心だと思われる。

自分を守っているからこそ、人を立てることができない。

 

人を立てる人は自分が二番目になる。相手を立て、次に自分を立てる。

これが『乙』に通じる。甲(1)、乙(2)の意から『乙姫(おとひめ)』であって『音姫』なんだろうなと思われる。人を立てる心がある女性が音姫。二番目になることができる女性。

私個人が『日立神社』として夢にて受け取った内容から、ツインレイ男性の覚醒についてを分析していくことになりました。その経緯を含め、ツインレイ男性の覚醒についてを読解します。

男性そのものは『日立子』です。もう少し漢字を分かりやすくしますと『音子(おとこ)』です。日と立を上下にすることにより『音』の字が成立します。

これにてオトコが成立し、日立の子がオトコです。しかし『男』ではありません。これは一人前ではなく、子供の男ということです。

男性として未熟な段階が『音子』であり、ツインレイ男性として成熟すると『男』になります。
引用:ツインレイ男性の覚醒の解説

めっちゃ懐かしい分析をここに沿えて。

この時期に私は『日立』が成立していたのだと思われる。

たぶん、女性は「立てない」んじゃないかな。そこに邪な心がないから、ひとりで立つことはできない。それを『音姫』と呼ぶんだと思う。我一番にと『自分が』という心がないから、すべてを人に譲っていけば、そりゃ最後に後回しされる。

後回しにされた女性たちがいて、人を立て続けては自分が立てずにいる女性たちがいると思う。

図の説明:立つ女性と立たない女性の違い

カップリングとして、この2種が生じるのではないか——と思われる。

甲とは『豊玉姫』。乙とは『玉依姫』。そのままだなと思う。

豊かさを求める『1番』と、心を求める『2番』。神との対話をするのが『玉依』という巫女さんにある。

この世は玉依姫による三人目の子、神武天皇により納められている。

甲の女性もいたし、こちらの女性はもうツインレイは終わったのかな? と思っている。乙の女性がいて、こちらはまだ立ってない気がする。

 

『意』があったのか。ツインレイのなかでも『音』をつかって、神による誓いを立て結ばれようとしたツインレイたちには「意があったのか」が問われていたような気がする。

つまり、その言葉に『意』があったのか。その言葉には意味があったのか、その言葉には『心』が通っていたのかということ。

心が通うものにも、自分にとって都合がいいもの、悪い物はある。だけれど、そこにその人の心という思いがあるのであれば、それはそれでいいんじゃない? っていうのが玉依さんって感じかもしれない。

「そうしたかったんでしょ、そうしたいって思う本心があって、それは人の為だったんでしょ?」。だったら、それでいいんじゃないみたいな感じ。これが玉依の思想の根源にあると思う。

その行動、その発言。そのすべては「人の為に」という意があるのか。その意があるとき、私たちはずっと2番さん。

まずは豊玉さんのカップリングを指でくわえながら見続けなければならない。w

 

意をつくっている。

神への『言』があり、誓いを立て、その誓いを履行し、神に『邪ではありませぬ』と言われて『祝詞』が完成する。これにて「神による許可」がでる、これが『音』。つまり、神によるお祝いをもらえるようなもんじゃないかな、お願いごとを叶えてあげるよ、と。

それで、その祝詞というお願い事の下に、男性が「心」を添える。

これにて『意』が完成する。祝詞に心が添えられて、ようやく『意』となる。