私は彼のことが大好きで大嫌いだったって話。

| Ⓒ なとり

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ツインレイステージまとめ

私のステージが進むごとに更新していくステージをひとつの記事にして販売しています。


さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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何だかとても自分の確信に触れたような気がする。

ライタリアンレイキの前にやるブティックブーストの影響かなとも思う。

私は彼くんのことが大好きで、同じ分だけ大嫌いだったのだ。

私のなかでは無自覚な自分だった。

私は無意識層の課題で、無意識を解除せよと言われている。

私の左側に溜まっている感情たちのほとんどは、彼への感情だ。

彼は真逆の右側に感情が溜まっている。顕在意識の感情で自覚されている感情なんだと思う。

 

私は彼におずおずと本当の自分――、ネガティブな側面を持つ自分を見せた。

彼くんは、そんな私を受け入れてくれた。

私は自分の嫌いな部分を彼に受け入れてもらったのだ。

でも、私は嫌いな自分を許すことはできなかった。その自分がいることで私は苦しかったし、私は受け入れられてしまえば、苦しんでいる自分が肯定されてしまうからだ。

私はネガティブな自分を受け入れてもらえて、嬉しいと思う気持ちと、ネガティブな存在である自分を許してはならないからこそ、その苦しみが彼のことが大嫌いになった。

 

これぞ葛藤である。

 

彼くんに受け入れられて嬉しい自分。

彼くんに苦しみに共感して貰えず、悲しい自分。

嬉しいし、悲しいのだ。

大好きだし、大嫌いなのだ。

認められたいし、認められたくないのだ。

葛藤を起こして、私のなかはぐちゃぐちゃなようだった。

でも、今回、。゚(゚^o^三^o^゚)゚。うわァと悲しみが爆発を起こしてすっきりした。

苦しかったのだ。

苦しみを彼にわかって欲しかったのは甘えだし、私が私の苦しみに寄り添わなければならなかった。

私が彼のことを大嫌いって思う気持ちは、私が彼へ甘えていたからだ。

私の苦しみをわかってくれない彼くんなんて、大嫌いだったのだ。でも分かりようがないし、私が私を理解せねばならなかった。

そっくりそのまま彼くんは私を受け入れてくれていた。

どんな私も受け入れてくれていた。

でも、私が甘えてたからダメだったんだ。自立できていない私がいて、その私が拗ねて捻くれていたのだ。

大嫌いで大好きなのは、愛してくれる人への甘えがあるんだなって思った。

 

苦しんでいる理由も、結局は私の思い込みで――。

思い込みで自分を苦しめていて、その思い込みを解除していけば、苦しみもない。

なんなら何に苦しんでいたのかと言えば、悪という概念でしかない。

私はネガティブな自分を悪と決め、その悪を排除しようとしたのだ。そんな私を彼は受け入れてくれた。

受け入れてくれたこと自体が苦しくて、どうしたらいいかわからない葛藤を迎えたのだ。

私は自分を許せないのに、あなたは私を許していることが苦しかった。

 

でももうお終い。

私は自分が大嫌いで大好きだった。大嫌いな部分は潜在意識に入ってて全く気づかなかった。

同じだけ、私は彼くんのことが大好きで大嫌いだった。

彼くんのことが大嫌いだったのは、愛してくれたから。

私が愛されたい部分以外は愛さないで欲しいだなんて、そんな無茶なお願いはない。

彼は確かに、私の全てを愛してくれた。

もちろん私も彼の全てを愛してた。

でも、自分で自分のネガティブな受け入れられていない部分を愛せなかった。

 

でもね、ポジティブもネガティブな自分も存在しないのよ。

私は彼のことが良い部分を好きになって、嫌いな部分を愛してた。

好きと愛が揃って、それが恋愛なんだと思う。

あのときの私は彼と全力で恋愛してた。ただそれだけ。

ただ、私がマイナス面の自分を愛せていなかっただけ。

だから私は結婚が出来なかったのである。

あなたが私を愛するたびに私はあなたから離れたくなる。

それは愛されたくなかったから。

 

よくツインレイで「愛を受け取れないのが受け取れるようになる」「愛にサレンダーする」って話があるけれど、自分で自分を愛せないでいる部分を愛せるようになれたなら、きっと愛し合えるんだと思う。

私はあなたに愛されているけれど、自分で自分を愛せていなかった。でも自分のことは好きだった。

愛し合えるとは、あなたに愛されて、私にも愛される私がいるってことなんだと思う。

彼くんは私のダメなところを愛してくれた。今度は私が自分で自分のダメなところを愛する番。

 

でも根源は無なんだよ。

何もない。良いところも悪いところも、全てひっくるめて私たちの主観に過ぎない。

審判者は私の中にいる。

私は自分を捌くのを辞める。

私には良いところも悪いところもない。

全部ひっくるめて『私』。

そう思えるのは、全力で恋愛して、彼に丸ごと愛して貰えた自分がいるから。

だから私は無に還れる。何者でもない、ただの私に還れるのだ。

ポジティブでもネガティブでもない、まっさらな審判が下されていない私へ(˶’ ᵕ ' ˶)