彼を信じていた自分が帰ってきた。

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さよなら、ツインレイ
当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。
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「彼くんが結婚したいって思った時が結婚しどきだよ」
彼くんを信じていた気持ちがこれだったらしい。
確かに、彼くんを信じてなかったら言えないような言葉だよな。
みんなを信じる方へ切り替えたら、かえってきた。
なんだろう。
彼くんに差し出していたものを、みんなに切り替えればいいのか?
でも、私は彼くんに何を差し出していたのかの記憶が無い。
彼くんに提供したものは、回り回って、みんなからいただいてます。
彼くんからは信頼されていたわけでもないし、たぶん、『回り回って』しまったんかもね。
人の言葉を信じた私。まァ、信じたかったんだから仕方ないよな。
信じた結果が得られなかったけれど、でも、信じた自分が失われるわけでもない。信頼は私のなかにある。
別の形で回り回ってきたし、ある種、これでいいのかもね。
彼くんを信じ続けた結果、みんなからの信頼を得た。そんな皆を私は信じる。
結果は得られなかったとしても、その心はかえってくるものだなと思った。乗数として。
1^1=1^2=1^3
つまり、全部、1なのよね。
私=あなた=みんな
どんなに1に乗数をかけても1は1。
でも、単位は上がるよね。
私を信じる、あなたを信じる、みんなを信じる。
どれも同じ1だけれど、領域は違う。
私は、彼くんを信じることはみんなを信じることに繋がってた。
でも、信じられない人は弾かれてるんだろうなと思った。わざわざ信じてもらう必要性もないよなって思ってるし、わかってもらわなくてもいい。
何故か、信じてくれない人やわかってくれない人に、信じて欲しかったりわかって欲しいって思っちゃう。
でも、逆に信じてくれる人やわかってくれる人と共にいればいいやって思った。
否定的な人達にわざわざ肯定してほしいと思う必要性は無くて、つまり、関わらないでいいのに、なぜか関わろうとしちゃう。気になっちゃう。で、傷ついてしまう。
でも、なんかもういいやって思った。
自立してくると、なんかもういいやって思ってくる。
これがある種、偏った人生とも言えるかもしれない。
自分を肯定的に捉える人達に囲まれて生きていくっていうぬくぬく人生。
でもさ、否定と肯定はもう私のなかにあって、否定もし尽くしたつもり。
信じる信じないでモメるのもういいや。私を信じてくれる人たちと生きていこうと思う。
信じてくれる人たちを信じたいと思うし。
信じたいって思ってくれる人に、信じてもらえるように務めたい。
それから、信じられない人はやっぱり信じられないな。
すべてが今に凝縮されている。過去の積み重ねが今に反映されている。
諸行無常。人は変わり続ける。