エンジェルナンバーを見る人と見ない人の差

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ツインレイステージまとめ

私のステージが進むごとに更新していくステージをひとつの記事にして販売しています。


さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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ツインレイの再会時にはエンジェルナンバーをよく見かけると言われています。

個人的には、ツインフレームがツインレイへとなるときに再会を迎えたタイミングで多くのエンジェルナンバーを見かけることになりました。

時計の電池が切れ、止まっている時刻は4時44分をさしている。

ツインフレームの彼に再び会いに行こうとする久しぶりの日の改札口では私のSuica残額は777円。

夜中に目覚めて時計を見たら4時44分。

というような形でエンジェルナンバーを見かけました。

しかし、ツインフレームの彼との再会時、この3回以上にエンジェルナンバーを見ることもなく——。

この中で一番不思議な感覚を覚えたのは、彼に会いに行くときの改札口の777円の残額でしょうか。このエンジェルナンバーをみたとき、ふと『なんだろう、この感覚は?』と思うような不思議な感覚を覚え、早く会いに行くようにと急かされているような感覚でした。

最終的に、ツインフレームの彼がツインレイとして成立したとき、私は彼と離れ離れになることを決断をすることになる。その後見た夢も、また不思議なものが多く、しかしそのときはエンジェルナンバーを見ることがありませんでした。

私は、普段エンジェルナンバーを見ません。

そして、あまり気にかけていないのもあるせいか、エンジェルナンバーを見る率はかなり低い立場にあるようです。

私自身、ツインレイの件でもエンジェルナンバーを見ず。Azさんとでかけているときに、Azさんが頻繁にエンジェルナンバーを見るのもあり、Azさんに言われて私の誕生日、ツインレイの彼の誕生日を教えてもらうような立場です。

Azさんに言われて気づき、ようやく多くのエンジェルナンバーに囲まれていることを知ることになりますが、私自身は普段の生活のなかで本当にエンジェルナンバーを見ることがありません。

 

実は、この『エンジェルナンバーを見る人』『エンジェルナンバーを見ない人』には差があるのだそうな。

これは相変わらず、ぼーっと散歩中に何に差があるんだろうかな・・・と思っているときに、直感として振ってきた内容です。

 

エンジェルナンバーを見やすい人は『数字という概念を持っている人』だそうです。

つまり、数字を数字として捉えている——ということです。なかなか難しい感覚ですね。

それは『1』という数字を『字』として読むことを直感的に出来る人たちがエンジェルナンバーを見やすい傾向にあるようです。

 

逆にエンジェルナンバーを見ることが少ない人は『数字という概念を持っていない人』だそうです。

数字を数字として捉えることを直感として難しく、数字を絵や図として認識している人たちがエンジェルナンバーを見ることが少ない人です。

 

もっとも、私は後者にあたります。前者がAzさんとなっています。

私自身は字を図のように捉えやすく、実際、それがわかりやすい事例がかごめかごめの訳しになるかと思います。

私自身がかごめかごめとツインレイの関係性に気づくことになり、11月1日に表に出してよいとのことで記事にすることになりました。詳しくはツインレイと『かごめかごめ』の童謡の歌詞の繋がりの記事に書いてあります。

十という数字を縦の線と横の線として捉えてしまいやすいのが私です。

これは動作性IQが高いタイプの脳です。子供の頃にひらがなや漢字などを覚えるのが下手なタイプが多いでしょうか。

逆に言語性IQが高いタイプの脳の方は『文字』を認識していますので、エンジェルナンバーを見やすいということです。

 

ここから何が分かるのか——というと、ツインレイたちにはここで二分類することができる直感が存在しているということ。

私自身は数字的概念がそもそもそんなにありませんし、実際、文字を主体としての認識ではありませんので図説が得意だったり、脳のなかで図を転回していくような3D脳でもあります。世明けのツインレイで多く私が図説しているのは、その脳のきらいによる影響だったりもしますね。

神さんのいっている内容などは動作性IQ型、もっともエンジェルナンバーを見ないタイプのほうが読解しやすいということになります。

 

ひとつの象徴として『レムリア』と『アトランティス』の関係性にも属しているかと思います。

これは古来存在していたといわれている文明です。

レムリアには直感的で右脳的な人が多かったようですが、アトランティスには勉学的な——。左脳的な人が多かったようです。つまり、アトランティスの人たちの多くは科学者などを生み出していったということです。

ツインレイもこのふたつにそれぞれが配属されていたとも考えられます。

レムリア側とアトランティス側——。

レムリア側のツインレイの片方は、エンジェルナンバーを見ることがありませんが、地上に存在しているアトランティス側ではエンジェルナンバーを見ることになる。

これは少々夢物語的な余談となりそうなので、また別の機会にでも話そうかなと思います。

 

私たちは、ツインレイの道を進むにあたり、エンジェルナンバーを見るということを指針のひとつにしているところがあります。

しかし、ツインレイのなかでも私のようにエンジェルナンバーを捉えにくい人たちも半数は存在している——ということが言いたいのです。

ツインレイの片割れがエンジェルナンバーを見ないなら、ツインレイの片割れはエンジェルナンバーを見やすい人になっていくことなるので、半数はエンジェルナンバーを見ることがほとんどないかと思います。

ツインレイの片方が勉学的に特化し、ツインレイの片方が感覚的に特化しているのであれば、勉学的に特化しているほうがエンジェルナンバーを見やすいことになります。

感覚的に特化しているほうがエンジェルナンバーを見やすいかと思うかもしれませんが実際は逆になっています。

 

ほかにもAzさんに指摘されたのですが、私自身は欲が少ないそうで、エンジェルナンバーやほかのサインなどもほとんど必要と感じていないのもあり、無視状態でもあるんだそうな。

ゆえに、私が得ているサインは限定されており、エンジェルナンバー含め、本当に必要なサインしか拾っていない状態になっているそうです。

そう言われ、私もがんばって散歩中に車のナンバーを追いかけていたのですが何ひとつ見つけることもなく、途中で飽きてしまい、私は考え事のなかに入り込んでいってしまったのですが、私は確かに流れていく車の速さに添って数字を数字として読むことが出来ていないのだなと思いました。

一生懸命読まないと、数字を捉えていません。
逆に図形のように捉えすぎており、風景のなかに数字が溶け込んでいる。

だから、ダイレクトに数字が止まっているときに数字を読むと「あれ、エンジェルナンバーじゃん」ってなったり、エネルギー的に『気づけ!』と上の方々からやってもらわないと気づきません。

鈍感にもほどがあるだろう・・・・・・と思っていたのですが、エンジェルナンバーとして捉えるなかでエネルギー的に気づかせられてようやくですので、確かにAzさんの言う通り、私は最低限しかエンジェルナンバーに気づいていないような気がします。

そんな鈍感なやつにはコレが一番気づくだろう! とのことで、毎度ステージの切り替えのときには鳥の糞のお見舞いを受けており、汚くなりながら私はサインに気づくことになります。

個人的にエンジェルナンバーをみたときに、すごくこれは特別なんだろうなァと思うものはそう滅多にありませんが、それでもAzさんと出かけているなか、バースディーナンバーを何度も必要なタイミングでAzさんに言われて気づいているので、エンジェルナンバーも、大事なときに現れているのかと思います。

 

再会の前にはエンジェルナンバーをよく見かけたよ! とアドバイス? をいただいたことがあるのですが、エンジェルナンバーを普段意識すらしていない人たちがエンジェルナンバーを見始めたら、それはたしかにサインかもしれません。

反面、エンジェルナンバーを見る側がエンジェルナンバー以外のサインを受け取ったら、それは再会のサインになるのかもしれませんね。たとえば、鳥の糞をかぶるとか。