愛という無価値なる副人格を自己統合する——あなたはそこにいるだけでいい。

レイキやチャネリングにご興味がある方、お気軽にどうぞ。
Kindle版
さよなら、ツインレイ
当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。
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過去に既婚者が恋人だった件について、再びレイキをし始めていた。
それは一先ず「裏切り」に関しての問題で、私のなかで既に『循環』が生じ、しこりのように球体が私のなかに成立していた。まさにセフィラが私のなかに在住しているのである。
この件にレイキを当て、一先ずの一区切りを終えた段階で、人格統合の本を読みながらレイキをすることにした。
今日、本の返却日だったのだが延長することになった。本当に読むのがしんどすぎて先延ばしにし続けた結果、延長となったためにそろそろ真面目に読まねばと手に取り始めたのである。
本を読んでいると、副人格が常に反応を示す。そんなとき私の視界は揺れている。人格統合の本は常に私の視界が揺れるのである。

私の視界が揺れ、ふと思考のなかに過去のシーンが視えた。回想である。
相手は「自分は正しい、この意見は絶対に曲げないから。」と言った。これを『言った』のである。
え・・・・・・と、戸惑いをみせたときの私がいる。そして、その相手とは一度論争となるわけなんだが、その相手は逃げ出していなくなった。
相手は自分が間違えているんだってことに耐えられないらしく、それこそまさに「逃げた」と言わんばかりに逃走した。
そのときの私の感想はこうである。
「風が吹いただけでお腹ピーピーしちゃう子もいるんだな・・・・・・。」
当たり前のことに耐えられなくてストレスを感じることがあるってこと。
そんな経験を思い出して、その人の『何が間違えているのか、何が出来ていないのか』についてオートで考え始めた。現実から離れ思考に引っ込んだ。
うーん、これは何か副人格が働いているなと思った。
私はそこでレイキをあてながら「でておいで」と言った。私のなかにいる副人格を呼んだ。
それは「何も持っていない、何もできない、何にも意味がない無価値の子」を呼んだ。
私たちは何かが出てきている、何かがわかっている等の『持っていること』を求められている。きっと、お腹ピーピーの子はもっていることを求められて生きてきた人なんじゃないかなと思った。
私のなかにいるひとつの副人格もまた『価値を求めて生きている』のである。
成長とは『何か持っていること』を褒められながら育っていくことになるのが人の常かなと思う。それが条件付きの愛だけれど、これがなければ私たちは社会性を培うことができない。
そんな条件付きの愛による成長を果たした私たちだからこそ、もうひとりの副人格が生まれる。
無価値な副人格である。
私たちの精神は常にバランスをとっている。
私のなかに『できる子』がいれば『できない子』がいてしかるべき。
もし、私が『価値がある人格』ならば『価値がない人格』がいるのである。
価値があることを求められている私たちは、相手の何が問題なのかを見つけ出すことに長けていることになる。
同時においてけぼりの人格がひとつ生まれるのである。
それが『無価値なる副人格』である。
ひょっこりとでてきた私は、涙を流した。いままでずっと見つけてもらうことが出来ずに、価値を求められているからこそ、顔を出すことも出来ず、隠れている子だった。
「あなたが私の愛だよ。」
私はそう言った。ワーワーと泣き始めた無価値なる副人格の私は『無条件の愛』を体現している副人格だった。
私のなかには確かに『価値のない私』がいて、誰かに認められることも、何もできない・・・・・・。なんなら共感すらすることができないまっさらで真っ白な子がいたのである。
この副人格は『何一つ持っていない』『何もできない』という何も持っていないからこその無条件を持っていた。
この子がいたからって、飯が食えるわけでも人生が豊かになるわけでもない。
これこそが私が持つ無条件の愛だと思った。私はこの子を愛したかったのである、無価値であり、未熟だ。
私のなかでは条件付きの愛により生じる副人格と、無条件の愛により生じる副人格のふたりがパワーバランスを保っていた。
条件付きの愛により存在している私は、無条件の愛を持つ私を攻撃するような発言ばかりしている。
そんな条件付きの愛を持つ存在を、無条件の愛の人格は受け入れていた。無条件だからである。
「こんなところにいた。」
そして「愛しているよ」と伝えた。あなたが愛そのものである——と。
そこには誰もいなかったはずなのに、私は生まれていた。
それは条件付きの愛により、私が私になろうと条件を付けて生きてきたがゆえに生まれた副人格である。
無条件の愛の人格は何もしないし、何も語らない。
赤ちゃんみたいな人格をしている。
「ただそこにいるだけ」である。そして、そんな無条件の愛という副人格は、多くの私のなかに存在している人格たちを『認める』役割をしている。
無条件の愛の人格は、私のなかに存在している人格たちのアイドルみたいなものである。
いるだけでいい。無価値でいい。何も役に立たなくていい。
ツインレイの彼がいたような気がした、気がしただけ。彼がそう言ってくれていたから、そんな気がしただけなのかも。
いなくても構わない自分を愛している。そんな副人格が自己統合されていく。
私が役立たずのとき、私はあなたを無条件の愛で受け入れている。
私がここにいないとき、私はあなたの存在を無条件の愛で受け入れている。
いついかなるときも、私はそばにいる。愛している。無条件に、どんなあなたをも私は愛してる。