追記│なとちゃじゃなきゃダメなんだ。

2025年5月8日

| Ⓒ なとり

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さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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今朝、目覚めと共に感じた気持ち。

「なとちゃじゃなきゃダメなんだ。」

 

翌日、この言葉の意味を考えてた。

私じゃなきゃダメ。

そんなことないと思うんだ。

これが他者から言われると、なんとなく心地よいものにも感じられる。

彼から「君じゃないとダメなんだ」とか言われたら、舞い上がっちゃうっていうか。私『だけ』なんだって思ってしまう。

でも、そんなことないと思う。

世界はもっと広い。もっとたくさんの人がいる。私じゃないとダメだなんてことは、ないと思うんだ。

 

SNSをひとつ立ち上げた。で、何しようってわけじゃなくて、リア友ふたりをフォローした。

それでSNSにあげられているログを読んで、ちょっと衝撃を受けたっていうか。

そこには彼らの現実があって、彼らの世界がある。

今まで、私と相手っていう二人だけの世界があった人達にも、生活やほかの友達とかもいるし、私の知らないこともあって。

そういうのを見ながら、こう感じるんだ。

私だけじゃないんだ・・・・・・って。そこには彼らの現実がある。ふと、モヤモヤしたんだ。

これがたぶん『嫉妬』ってやつだと思う。

嫉妬を感じて、モヤモヤして、みんなが幸せじゃないことを望んでいるような自分がそこにはいた。

人にはそれぞれ、そこに幸福があって、現実があって。それが私は受け入れられていない感覚があって、それが嫉妬。

私が知らないあなたはいらない( ºДº)!!

みたいな意識。でも、当たり前に知らない世界にいる彼らを目の当たりにして・・・・・・。

で、思った。

幸せだったり、現実が忙しかったりしたら、きっと私のこと、忘れちゃうよなって思った。

私も忘れちゃってると思う。

なんかこう・・・・・・覚えてて欲しかった。

ただ、どんなときも私のことを覚えていて欲しかったけれど、それは無理難題だなって思った。

私も今、自己統合が進んで、つるっとまるっと私だけになりつつあるなか、誰かのことを考えているだなんてことはない。

私のことを忘れちゃってるってことは、幸せなんだろうな、現実が満たされているってことなんだろうな。

それがいいなって思った。

私のこと、思い出したりするときは、きっと不幸せで満たされていないからなんだと思う。

忘れてくれているほうが、きっと、そこには幸せが拡がってるから、忘れてて欲しいなと思ったよ。

忘れられて悲しいってずっと思ってた。

違うんだよね。そこには嫉妬がある。現実が充実している人たちに嫉妬があったから、忘れられることが悲しかった。

忘れられてても、いいんだよね。尚、その時、誰かは充実した日々を送ってる。それがいいことだと、私は思う。

だから、覚えててくれていても嬉しいけれど、忘れてくれてても嬉しい。

友達や彼が、幸せなのが一番だと思うし、充実していることは悪いことじゃない。

 

ふたりがもし、依存関係だったならば、現実逃避をし、現実に向き合わない。だから現実を受け入れる。

もう一方では精神逃避が起きて現実を忙しくすることで精神に向き合わない。だから精神を受け入れる。

私は前者のタイプだけれど、ずっと現実という事実だけを受け入れていくと精神が自立していく。

今回もそう。自立していく。今までは、かまってもらえないから駄々を捏ねている子供のように感じられた。

親の世界の中心が自分ではないことが受け入れられない子供。

私の世界の中心が『私』なんだという自覚に欠けていた。誰かの世界の中心になるんじゃなくて、私が私の世界の中心になる。

そして、ほかの人たちもまた、自分の世界の中心にいるんだと思う。

この中心に誰かを座らせてしまってもいけないし、誰かの中心に座ってもならないんだと思う。

私の世界の中心はあなたです。あなたの世界の中心は私です。他人軸でぐらぐらのぶれぶれ状態。

奪ってもならなければ、奪われてもならない。これが第一チャクラの課題。

冒頭に戻すけれど「私には彼しかいない」「彼には私しかいない」っていう感覚は、世界の中心が他人軸になっていると思う。

だから、私じゃなきゃダメになってしまう。自分の世界に誰かっていう住人がいるから、住人がいなければ世界が成立しない。

 

いいや、そんなことはない。あなたじゃなきゃダメだなんてことはない。

 

そう言い切れるのは、私の世界の中心に私がいるから。あなたの世界の中心にあなたがいるから。

お互いの世界がそこにあって、その世界から、顔をひょいってだして「こんにちは┏○ペコッ」ってする。

 

だからさ、私は、彼が私じゃなきゃダメなんだってことも受け付けられないし、私もまた彼じゃなきゃダメっていう状態では無くなっていく。

私の世界の中心から、色んな人がそこらにいる。彼じゃなきゃダメだなんて限定はなくなってしまう。

もし、私じゃなきゃダメって言われたら、嬉しいよね。

でも、そんなことはないはずだよ。

私じゃなくても、きっと上手くやれるよ。

自信を持って。

私はそう言いたい。

 

私は私にも同じことが言いたい。

彼にとって「なとちゃじゃなきゃダメなんだ」って言うのは思い込みだよ。そんなことはない。

必要とされたい気持ち、分かるけどね。

でも、必要だからそばにいるならば、不必要になったら、お払い箱なんかな。

それっておかしくない?

必要がないけれど、そばにいる。

これが自己投影のなされない関係性なんだと思う。