霊体の双子というツインレイによるシンクロニティ性について
Kindle版
さよなら、ツインレイ
当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。
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霊体として一卵性双生児ならば、どこか必ずシンクロニティを起こすんだろうなとは思ったんだが、では、どこでシンクロニティを起こすのか——である。
肉体は双子ではないが、霊体は双子である。ゆえに、霊体が肉体に受肉する(霊体が肉体を明確に動かせる)ようになるとき、私たちは肉体レベルでも双子の体感を得るということ。
これは多分、考察になるが——。
まず、霊体は輪廻をしている地球由来の存在である。その霊体が人間に受肉することで人は生まれる。しかし、この霊体が受肉したとはいえ共、霊体が自分勝手に動くことなどはなかなか難しいのだと思う。
というのも、肉体レベルで霊体が動くにも本能と言う肉体に飲まれてしまい、霊体があるがままに行動することがなかなか難しい。
そして、ここでツインレイの存在に出会った際に、ツインレイのふたりは双子ゆえにそれぞれシンクロニティを起こすこともあるが、双子になろうともする。
いわば「片方が持っているもの」と「片方が持っていないもの」があるとしたならば、片方に合わせて両方が同じの状態に肉体レベルでもしていくことになる。
ツインレイは輪廻が似るのだと思う。いわば、ツインレイの片方が大人になるとき、ツインレイの片方も大人になる。いわゆる、ツインレイの霊体の片方の輪廻が終わりを告げる時、もう一方の輪廻もまた終わりを告げる。
そして、この輪廻の最終的な極致として霊体たちは「真逆の存在」に受肉するのではないか——と考える。いわゆる、双子として真逆の肉体にそれぞれ入ることを意味する。
これが『男女』だったりもするし『思考回路が真逆』でもあるし、『考え方が逆』だったり『問題解決能力も逆』だったりする。
いわゆる、霊体の双子である部分と肉体の部分では、
- 霊体・・・・・双子
- 肉体・・・・・真逆の存在
というカタチで、霊体は同じ、肉体は真逆——という感じになっているのではないかな? と思っている。ので、肉体は何を指し示すのかというと、真逆の経験ということでもある。
存在は同じかもしれないけれど、真逆の経験をした自分がそこにいる。これがツインレイなのかな? と思う。そして、問題解決方法も真逆だし、性別も逆。
だけれど『霊体』は同じなのである。その霊体が同じである部分があるからこそ、ツインレイは肉体が同じではないことにかなりショックを受けているとも言える。かくいう私は「彼が同じではないこと」にものすごいショックを受けていたと思う。
この真逆を指し示している部分があるからこそ、私たちはもう一方の視点を手に入れることができる。
そのときの私たちは「真逆の人生から学ぶ」という必要性がある。それが今回だったのかな~? と思っている。
いわば、霊体が双子ではあるけれども、肉体から学びだされる経験は真逆だから、その真逆の部分がふたりを反発させるということ。

で、霊体としては双子であるがゆえに、精神レベルの双子状態(自己分離の一致)にしてみると、霊体が精神も双子にすることができるようになる。
霊体の双子、精神の双子——までは後付けでも作り上げることができる。自己分離を一致させてみれば、なんとか——。でも、肉体では二極化された存在となっていることは違いない。
つまり、最終的にはツインレイは『霊体の双子』なんだけれども『精神の双子』にまでなる瞬間がある。とはいえども。血は別だし、肉体の遺伝子は別である。
この状態になってみると、同じ気持ちとかが出来るようになり、シンクロニティーが生じやすくなるのかな~? とは思っている。
つまり、私たちがツインレイとして双子を体現するにあたり、霊体は精神への介入があり、精神の介入している部分で肉体と共存している。
精神は肉体と霊体の接続部分なので、精神が『双子』になれたならば、より霊体の双子も現実では動きやすくもなる。
順序的に言えば、霊体の双子が精神の双子にする際、出会いからサイレントまで互いに互いを傷つけ合うことで「同じ傷を持った双子」が成立する。これで、自己分離した双子が生じる。
ゆえに『精神の双子』『霊体の双子』が成立するわけなんだが、精神の双子が自己分離している状態なので、実際は肉体レベルでは真逆の作用が生じる。
精神が自己分離状態で現実に対応するには『現実が真逆の作用』になってしまう。
ので、双子がお互いにお互いを傷つけ合って作った自己分離した状態を自己統合していかなければ、現実が真逆の作用のままとなる。
現実の肉体での働きもまた真逆であるがゆえに、お互いの解決方法が真逆になる。
お互いの解決方法が真逆であることも受け入れていくことが私たちが別々な存在であることを認めることに繋がっていく。
真逆の部分は認め合うことが出来ているならば、自己統合は可能なのである。
霊体の双子は最初から双子。一極性。
精神の双子は後付けの双子。自己分離⇒自己統合へと切り替えることで安定する。
肉体はそもそも最初から二極された存在。精神が自己統合へと向かうことで肉体レベルによる二極的な作用を受け入れられるようになる。
というように、徐々に肉体レベルという『現実レベル』に合わせて分離が甚だしくなる。
ゆえ、二極的な部分が『肉体』であり、一極的な部分が『霊体』である。

この双子の部分が一極性であれば、肉体の部分が二極性である。
霊体と肉体を繋いでいる部分の精神は、一極と二極の両方を体現するために『分離』と『統合』が同時に成立する感じ。もっと、行ってしまうと、精神では『結合』と『統合』の両方が成立する。
そのためには、精神では『自己分離』が必要となる。
わかりやすく説明すると、目的は同じだよ、でも、問題解決能力は真逆だよってことになる。
たとえば、ふたりは結婚したいっていう目的があるよ。でも、問題解決方法は真逆。片方はお金を必要とするし、片方はいっしょにいる時間を必要とする。
目的は同じなんだけれど、大事にしている視点が違うモノだったりする。違うからこそ、この部分がすれ違ってしまう。真逆だからわからない。
この問題を解決するには『真逆を受け入れる』ことしかないんだが、そのためには精神の自己分離を終わらせること、自己統合させることになっている。最終的には『真逆を受け入れられる』という精神にもなるし『同じことを受け入れられる』という精神にもなる。
真逆を理解することは出来ない、けれど、当時は信じることは出来た。
最終的には霊体のことも大事にできるし、肉体のことも大事にできる。
つまり、ツインレイは霊体では同じ気持ちだよ。でも肉体では別々の思考だし、やり方だよ。
だから、バランスがとれていいってことなんだと思う。
霊体の部分は、どちらにもある部分。(彼と私のどちらもにあったもの)
精神の部分は、どちらかにあった部分。
肉体の部分は、どちらかにある部分。
まだ、もう少し整えるのに時間がかかりそうです( ˇωˇ )