ツインレイ、経済的自立を本気で始めるために。
Kindle版
さよなら、ツインレイ
当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。
kindleの読み放題『Kindle Unlimited30日間の無料体験』では、ほかの三冊も同時に読み放題
数年前の私は、どれぐらい経済的自立がしたくないと駄々をこねたことか。
今や、経済的自立に勤しみまくり、金融知識をかき集めている。
自分の習慣を変え、自分の考え方を変え。自分の生き方を変える覚悟を決める。
そして、私は未来どうなりたいのか——を考える。その際に、日本がどうなってんのかを考える。
で、最近はめっちゃ電卓を叩きまくっている。
数字を叩き出してみると、いくら必要なのかもわかってくる。
んで、何を勉強しなくちゃいけないのか——などなども、自分の知見を広げていくとわかるようになっていく。
私はずっとレイキで自己ヒーリングをし続けてきたんだけど、ただレイキで自分に手を当てているわけではない。
ずっと、どこにどのようなところに、どんなレイキを当てて何を癒すのか——を理解したうえでレイキをやっている。
ので、回復がすごく早いといいますか。自己統合も早く進んできたし、同時に精神構造とか、霊的な世界から見た人体構造とかまでも理解が進んだ。これはホント、ありがたい話だった。
この自己ヒーリングの過程で、精神的自立をしていくと経済的自立のほうへ目を向けることが出来るようになってきて、で将来のことを「どうにかしよう」と、今思い始めてきていて、動き始めたりもしているんだけれども。
面白いことに、ダメなことには行動が起こせなかったり、繋がらなかったりする。
でも、ここだよっていう場所に対しては繋がれる。どうしたらいいのかがわかったりする。ので、そのつつがなく進む方へ進めていく。
私は少しだけ行動してみればいい。そして反応を感じてみる。その反発具合で「どうなのか」を見る。
「どうしよう」って悩んでいる際にも、いつもレイキやってたりするんですけれど、ひとつ解決することがあったり、考え方が変わったりするものがあったり、覚悟が決まったりすることもいくつもあるんだけれども、そうすると、とてもいい情報を手に入れることが出来たりする。
で「これだ」と思う。
面白いぐらいにスムーズに進んでいく。
私がここへたどり着けるように道が引かれているみたい。
歩むべき道を私は着実に歩いている体感がある。
これが「人生」というのだなと思った。
決められた人生を歩んでいるという体感がある。
これでいいんだって実感がある。
私は私を生きている。私は私の人生を生きている。
あと、すごく楽しい。お金のことがすごく楽しい。
お金のお勉強がめちゃ楽しい。
未来もすごく楽しみになってきた。
私の未来が明るくなってきた。拓けてきた。
ツインレイのことだけれども、私は「私のことだけ考えること」を私に許可を出しました。
それがなかなか出来ませんでした。人のことを考えている数だけ、私は私に集中が出来なかった。
ですので、彼のことはもう私のなかから弾かれていると思います。
彼のこともそうです。彼のことを考えている数だけ、私は私に集中ができない。
私は私の人生だけの集中したい。
私の未来に「彼がいるかどうか」にも、今の私にはあんまり興味がありません。
忘れているとか、どうでもいいとか。そういうわけでもないんです。
彼は私の外にいて、私のなかにはいない。
そして、そんな風に彼が私の外に排除されたら、私は経済的自立のほうへ進んでいきます。
それが楽しいと感じているし、面白いと感じている。
彼がいない精神世界で、私は自由に生きている。自由を得た途端に、私は金儲けについて考え始めたので、たぶん、従来の私が自由な姿は「お金もうけするおー」みたいなところがあるのだと思います。
誰かに与えられたお金を、私はもっともっと広げて大きくしていく役割を持っているんだって感じている。
お金を増やすことが私の使命。
そして私の下僕は私の貯金であり、下僕に働いていただくことにする。
彼に働いていただく必要性はないのである。私には私の下僕がいるからである。下僕に働かせる方法を今の私は勉強している。
まァ、だから彼が働いていなくても別にいいやって感じですし、何しててもいいし、彼を自由にもしてあげられると思う。
もしかしたら、彼を労働から自由にしてあげたかったのかもしれない。辛そうだったかも、過労で。
当時そういえば「向いてないって思ったら、いつだって仕事辞めていいんだよ」と言ってました。ニートなとりが。
もしかしたら女は自由になると、お金を増やす使命を始めるのかもしれない。爆
私はこれが好きなのよね。
そして、お金を増やす使命を始めると、女は男を労働から解放してあげられる。
キリストさんのお話では、女は出産して痛みを感じることが罪であって、男は労働をしなければならない罪があるって話。つまり、キリスト教では「労働は罪」なのよね。
でも、この日本では「労働は楽しみ」っていう考え方があって、また、ここで人種によって思考が違うんだよなって感じている。
好きな仕事をしていいんだよ。お金を得るためにとか、私を支えるためにとか。そういうことで仕事を選ぶんじゃなくて、自分の好きな仕事をしていい。
そうやって、罪である労働から解放して、次に、楽しい労働に彼が移行することが出来ればいいなと思います。
つっても、私の未来に彼がいるかどうかはホントに思考の中にないので、とりま、お金増やすことに余念がありません。
面白いです、ユダヤが作った金融の世界観は。
これもまた国体に沿う女性の姿なのかもしれない。今、老後の資金は自分でなんとかしろって言われているしね。