社会に理由は無い、でも、心理に理由はある。

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さよなら、ツインレイ Kindle版
さよなら、ツインレイ

当時はこれでおしまいなんだ・・・。そんな風に思いながら書いた『さよならツインレイ』。結果的にさよならしたのは、神交法の相手であるツインレイの霊体だった件。今更振り返って読んでみると納得がいく一冊だが、当時はよくわかっていなかった。

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母性が『道徳のうえに法律が存在している』のであれば、父性は『平和のために理不尽の法律を守る』わけである。

母性は精神的理由を与えてくれるが、父性は理由を与えない。文句なしで殴ってくる。

理由が欲しいから私たちの青年期は理由を追い求めて逃げ惑うわけで、私もブログをし続けてた理由も、理由を追い求めているのだと思われる。

理由などないわけである。ないものに答えをみつけようと私たちは逃げ回っている。だが、答えが自分なりに見つけられた人たちは抜け出していくことができる。

この青年期は、否定と肯定を繰り返しながら、本質へと近づく。

 

ないもんはない。

答えは無い。理由もない。

 

父性はここにある。

ツインレイなど存在しないし、この世に答えは無いし、理由もない。ないもんはない。

この出会いにだって意味は無い。

それを受け入れる。

私はずっと理由を求めていた。答えを求めてた。

でも、なんもない。ないもんはないのだ。そんな理不尽なルールのなかで私たちは生きている。

これが社会なのである。理不尽、それが社会。

私は此度、社会性を身につけたとも言える。

また、心理には理由がある。自分の中には答えがあるけれど、社会には理由がない。

私が彼くんとの出会いの意味を『孤独』に見つけられた。それは心理のなかに答えがあった。

でも、社会のなかにはどこにもなかった。ツインレイっていう言葉のなかにも、どこにも答えがなかったのである。

理由はすべて自分の心のなかにあり、その答えを受け取ればいいだけで、社会から答えはひとつも与えられることは無い。

 

きっと彼にとっては私との出会いに意味などなかったんだろうし、理由もないんだと思う。

それが社会性だから、そういうことなのかなって思ってる。

でも、私の心理の中にはちゃんと理由があった。その理由を受け取れたから、なんかこう、今は満足してる。

私と彼は孤独の共鳴を起こした出会いだったんだってことがわかって、私は私を知りたかったんだと思った。

私がどう思っていたのか、どう感じていたのか。ただわたしは私を知りたかったのだと思う。

 

理由が欲しい、答えが欲しい。

そう思って相手に詰め寄ることで得られることもあるけれど、理由は無いんだと思った。答えもない。

だけれど、女って理由とか答えが欲しい生き物なんじゃないかと思うんだ。

安心が欲しいからだと思う。でも、理由がない世界には安心がない。

ツインレイも同じように安心を求めて使われている用語のようにも感じられる。

理由がそこにある、それに安心がある。

それだけ不安定な気持ちの人も増えたのかな? とも思うんだ。

私も不安だったんかな・・・・・・とか思うんだけれど、スマン、私の場合は自分の状況を把握しないと次に進めない沼にハマってしまい、いかに抜け出すのかを自力で模索していただけである。汗(誰かが助けてくれるという期待がひとつもなかった(:3_ヽ)_私は私を助けようとしてただけ。)

答えがあれば、助かる可能性が導き出される希望があるから。

 

彼にとって、私と彼の関係性に意味もなれば理由もなかった。何も無かったわけである。

それを受け入れることが出来なかったんだなとも思った。

なぜならば、私のなかにある理由を受け取れなかったから。

私は彼に一緒に「ツインレイ」を語って欲しいとか思っていなかった。理由はわからん、私の理想がそこにはなかったというか。む、無理かなと思った。いや、なんて言うか、ちょっと無理だと思った。(というか、個人のソロプレイヤーツインレイだとしても私は恥を忍んでる節がある、黒歴史だと思ってるし)

でも、孤独の共鳴については受け入れて欲しいと思う。ツインレイじゃなくて、孤独の共鳴者だったってことは受け入れて欲しいと思うかも。

それは私の心理だから。

 

なんだろう、この感覚。

彼にとって私という存在に意味などない。しっくりくる。意味などなければ理由もないのである。ましてやツインレイですらない。

ただし、私の中には心理的な理由がある。その理由を受け取るだけでいい。

彼には無い、でも、私にはあった。

それだけである。

社会に理由は無い、でも、心理に理由はある。

ツインレイっていう用語が社会にあるのであれば、その用語が心理にまで達するとき、どこに共振を起こしたのかを知ればいい。

私たちがいかなる存在であるのかを私たち自身が定義することはできない。なぜならば、私たちは私たちがどうして生まれたのかを知ることは出来ないから。

同じように私たちは自らをツインレイとして定義することはできない。もし、そのように定義するとき、省みるは胸中にある。

どうして、そのように思ったのか――。

私は度々、人と話すときに落としてしまう言葉がある。

「どうしてそう思ったの?」って。

聞くべきものは社会的な正解ではない。どうして、そのように思ったのか――の精神的な理由である。

何度も繰り返し、自分にどうしてそう思ったのかを聞き続けたように、私もちゃんと人と話すときは聞きたいなと思う。

否定から入るんじゃなくて、どうしてそう思ったのか。大事なのはそこなんだと思われる。

思考は過去から生まれてくる。

 

ただ、受け取りたいんだよね(´-`).。oO(

理由は無いことを受け取りたい。

理由は私のなかにあるから、社会から与えられる必要性はない。彼くんがツインレイだとか思ってなくて全然いい。っていうか、私も最初からここを目指してたしな(´-`).。oO(

全力でツインレイだと思いこんで、そこから全力でツインレイを全否定して思い込みを除去する。

結果、父性が成立したわい⊂( ᴖ ̫ᴖ)⊃⊂(ᴖ ̫ᴖ  )⊃