アポロンの恋愛から読むツインレイ女性によるギリシア神話の体現性(西風・カサンドラ)
ツインレイたちは、ある種ひとつの神話の体現性にもある。
私たちは自らのなかに『神の世界』を持っている。それは精神にあり、またその精神そのものがいかように変革されていくかの経緯も、神話のなかには組み込まれている。
そのなかでも、取り分けてわかりやすく表現され、人間らしさをも表現している神話として『ギリシア神話』がある。
根源をカオス(カオス)とし、そこから繰り広げられる神々の姿は、まま私たちの本質そのものである。
神話体系のなかで、もっとも『人に近しい感覚』を持って感じられるのは、古事記以上にギリシア神話のように感じられるのも、私たちの精神関係の名称にも、多くギリシア神話の名前が使われているのもある。
有名なところは、カサンドラ症候群などだろうか。
私自身も、このギリシア神話にたどり着く経緯では、自らが神話を体現しているということに気づいたことにある。
いわば、私のなかに『神話体系』が成立し、その神話そのものを終わらせていく経緯で『聖なる結婚』やら『錬金術』を終わらせていくことに繋がっている。
神と同様の経験をすることにより『神による革命』が精神内に起こり得るのである。また、その組み換えを行っていく。
記事では取り上げることはないが『エロス』による神話なども体現しているなか、今回は、アポロンという太陽の神にまつわる神話の組み換えを書いていこうと思う。
ツインレイの双子『アポロンとアルテミス』
ギリシア神話以外にも、双子という定義のもとに発生する神々の多くが『ツインレイ』を模しているが、そのなかでも、アポロンとアルテミスという太陽と月の神は、ツインレイのなかに存在する『太陽』と『月』の概念を成立させていくことに繋がっている。
アポロンは、太陽の神として生まれた男の子であり、アルテミスは、月の神として生まれた女の子といったところ。
アポロンは『素晴らしい青年』にあり、アルテミスは『処女(婚前の女性)』として定義されることになるが、ツインレイたちのカップルとは、男性が「一目置かれているような男性」であり、女性が「結婚をしていない女性」として定義される。
これは魂のなかに存在する精神の話にある。
このふたりについての神話に少し触れておこうと思う。
アポロンとアルテミスは、先ずはアルテミス(月)が生まれ、次にアポロン(月)が生まれた。アルテミスとアポロンの母は、ゼウスの浮気相手にあり、ゼウスの妻であるヘラに怒りを買ってからの出産となったため、太陽が一度でも当たった場所では出産ができないことになった。双子の母は出産場所を探して彷徨い歩くことになる。
出産のおりに九日九晩の苦しみ続けることにもなり、散々な出産の経緯でアポロンとアルテミスは生まれ始める。(アルテミスは痛みなく産まれた。)
この経緯から、ツインレイのふたりが『アポロン(太陽)』と『アルテミス(月)』の意識を改革する経緯では、アルテミスを先に覚醒させ、次にアポロンを覚醒させていく経緯がわかる。
アポロンとは
アポロンとは、
- 詩歌や音楽などの芸能・芸術の神
- 羊飼いの守護神
- 疾病の矢を放ち男を急死させる神
- 病を払う治療神
- 神託を受ける予言の神
というようにして書かれているが、アポロンとは『太陽の神』である。ほかにもヘリオスも太陽の神とも呼ばれている。
『アポロン』の疑似体験
アポロンの経験のなかで、取り分けて恋愛についてが面白い話がこぞってつまっている。また、私の経験とより似ては尚、私自身がアポロンの経験を踏んでいるとも捉えられる。
アポロンの経験は、どれも叶わなかった三つの恋愛がキーワードとなっている。
- ダプネーとの追いかけっこ(アポロンの経験)
- ヒュアキントスという美青年(西風の経験)
- カサンドラの予言(カサンドラの経験)
という三つの話が存在している。
ダプネーとのランナー&チェイサー
ダプネーとの恋愛ではエロスが関係している。エロスとはキューピッドのこと。
アポロンがエロスへ弓で遊んでいる姿をみてからかうことで、エロスが激怒することが始まりにある。
それもまた「恋する心を軽んじる」ことにより、アポロンはエロスによる『恋の病』になるともいえる。
つまり「恋する心を忘れているツインレイ」たちの状態が、先ずは第二サイレントの状態にあると言うことだ。
エロスが放つ『黄金の矢』はアポロンにあたり、『鉛の矢』はたまたまそこにいたダプネーにあたる。
黄金の矢は「激しい愛情を芽生えさせる」ことになるが、鉛の矢は「愛情を拒絶する」ことになる。このふたりの関係性は恋に気づかないからこそのツインレイたちが『恋心に気づくまで』の経緯にある。
ツインレイ女性は必死にツインレイ男性を追いかけ、ツインレイ男性は必死に拒絶をする。最終的に、ツインレイ女性が『忘れた恋心を思い出すまで』続く。
追い詰められたダフネは、河の神の父親に、自分の見た目を変えて欲しいと頼んで、その願いを聞き入れた父親は、ダフネを月桂樹に変えてしまいました。 月桂樹に姿を変えられたダフネを見て、悲しんだアポローンは、永遠の愛の誓いとして、元はダフネである月桂樹から冠(月桂冠)を作って、永遠に身に着けていました。引用:ギリシア神話、「アポローンとダフネの物語」に登場する月桂樹
ダプネーを追いかけ続けたアポロン。必死の抵抗によるダプネー(もう逃げられない! となったとき)が父へ懇願し月桂樹へとなった。
その月桂樹へアポロンは悲しみ『永遠の愛の誓い』をすることになる。それがアポロンの月桂樹の冠である『月桂冠』である。
私が持つ『永遠の愛の誓い』は「ずっと気持ちが変わらない」と言葉にすることでもあったし、その瞬間、胸がドクンと跳ねるよな感覚がした。
このとき、私のなかに存在するアポロンは『月桂樹の冠』を手に入れたということでもある。
さて、私が何を拒絶し続けてきたのか。それは『恋をすること』である。
恋をすることを拒絶していた理由は、さまざまにあるが『愛の学習』をする段階では、博愛に拍車がかかり、恋とはたったひとりを特別視することにあるため、やはり恋を切り捨てなければ、人を愛することができない為にある。
最終的に私に恋心が戻ってきたのは、この神話を体験したからである。
私の恋心はツインレイによるチェイサー&ランナーの経緯で「追いかけること」によって、最後の最後に失ってしまった経緯でも「気持ちが変わらないことを表明すること」が恋の意味になる。
人にとっての恋とは一時的なものであり、また明日には違う恋に落ちるようなことが起こりえる。しかし、ツインレイのアポロンのダプネーによるチェイサー経験は『恋をすることとは、永遠を誓うこと』に繋がっているということだ。
ヒュアキントスという美少年
アポロンと同性であるヒュアキントスとのBLの話にある。
アポロンと西風の『ゼピュロス』は、ヒュアキントスに恋をすることになった。ここで三角関係が始まる。
ヒュアキントスがアポロンと円盤投げをしているとき、嫉妬をしたゼピュロスがアポロンの投げた円盤を風で方向を狂わせると、ヒュアキントスに直撃することになった。
ヒュアキントスから流れる血から真っ赤な花が咲き、これが「ヒヤシンス」と呼ばれる花となる。
ヒュアキントスは死ぬ。
私は第二サイレント期間から、ヒヤシンスを水耕栽培で育てている。今年はついに『赤』を育てることになった。
水換え簡単の球根用フラワーベースです。
球根を置く上部の皿と水入れが別になっているので、茎を傷めず簡単に水の取り替えができます。
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赤いヒヤシンスの花言葉は『嫉妬』にある。
私自身は『西風』だったように思う。彼が誰かと仲良くしていることを許せない心から、誰かを排除しようとする意識が『嫉妬』にあるのである。
カサンドラの予言
カサンドラに恋に落ちることになったアポロンは「愛を受け入れてくれたら、予言能力を授ける」と言った。
カサンドラはそれを受け取り、予言する能力を手に入れたが、カサンドラが先ずにした予言はこうだった。
「アポロンにもてあそばれて捨てられる」ということである。
ゆえに、カサンドラはアポロンとはお付き合いをしないことになるが、裏切られたアポロンは『カサンドラの予言は誰にも信じてもらえない』という呪いをかけられることになる。
私自身も、ツインレイの彼とのサイレントの始まりでは『いっしょにいると彼が死ぬ予感』を察知した。しかし、それを誰が信じるとか、信じないとかあんまり関係性はないが、当時にいくつかの自分自身についての予言は閃めくようにして行った。
ほかにも「露が攻めてくる」という予感もあり、戦争が起きることも『緑』に切り替わったことでわかっていた。(誰かが信じるもくそも、私自身が「なんだこりゃ?」であった。)
カサンドラもトロイア戦争が始まったことを予言するが、誰も信じてはくれなかったという経験がある。
ここで一致をしているのではないか——とは思われる。
ただ、この場合、私がカサンドラ側であり、アポロンが彼なのである。
予言を受け入れる経緯が描かれているが、同時に予言による不幸のために『愛を受け入れられない』という葛藤が存在し、ほかにも、予言を信じ、また信じないというふたつの葛藤をも表現しているのがカサンドラの悲劇にある。
このとき、カサンドラに対して『否定』と『肯定』が生じるのである。自らを否定するのか、肯定するのか——。
アポロンの3つの課題
上記の通り『3つの課題』が存在している。
- アポロンの「恋心」
- 西風の「嫉妬」
- カサンドラの「否定と肯定」
この三つともを、私は失っていたともいえる。それこそ、持っていても仕方がないものであるためだ。
「恋」により、誰かひとりだけを特別視すること。これにより、愛が成立しないこと。
「嫉妬」により、関係性に不和を起こしてしまうこと。これにより、調和が成立しないこと。
「否定と肯定」により、誰かを信じられないこと。これにより、信仰が成立しないこと。
私たちは、この世を平和に保つために、自らのなかに存在する多くの『悪』を排除することとなった。その内容が「恋」「嫉妬」「否定と肯定」にあり、この三つが排除された世界では、秩序が守られた平和が約束された。
これは私が持つ自己犠牲にある。この犠牲により成立した精神が、私の世界にある。
しかし、ツインレイの期間では、多くの認識の大革命が行われているのである。
恋を捨て愛へと昇華することになったが、この経緯を経て最終的には『永遠の愛』を証明する。
嫉妬を捨て関係性を調和させることになったが、自分の感情を抑圧せずとも自分のなかに存在する恋を大事にすることができるようになる。つまり、ライバルを減らそうといじわるなどしなくてもいいのである。
否定と肯定は、根底に『不信』が存在する。その自己不信を払しょくすることにより、自己信頼を成立させることになる。誰かが信じてくれなくても、自分が信じていればそれだけでいいのである。
それぞれの象意として、
- アポロンは『永遠の愛の誓い』
- 西風は『自分の感情の解放』
- カサンドラは『自己信頼』
というような象意を持っているということだ。
定義 | 従来 | 現在 | |
---|---|---|---|
アポロン | 恋 | 恋に落ちる | 永遠の愛の誓い |
西風 | 感情 | 嫉妬に狂う | 自分の感情を大事にする |
カサンドラ | 信頼 | 否定と肯定 | 自分を信じる |
課題を乗り越えると・・・
それぞれの課題を乗り越えることにより、たったひとりだけを思い続けるアポロンの恋心。嫉妬に狂い、誰かを排除しなければならないと思う心よりも、自分の感情を大事にしていくこと。なにかを否定や肯定を繰り返すよりも、自らのなかに存在する予言を信じる心。
それぞれの課題の克服は、私たちの従来の精神を組み替えることになる。
また、ツインフレームの課題の段階では『恋に落ちる』『嫉妬に狂う』『否定と肯定を繰りかえす』というような状態が生じる。この状態から、自ら抜け出していくことにより「恋に落ちない」「嫉妬に狂わない」「否定と肯定をしない」という『停止』の状態へ導くことができる。
このとき、自己犠牲を選択できるかどうかが決め手となる。
精神の停止を迎えることで、次なるツインレイにより、復活が生じることになる。
精神のなかで動かすことができないでいた恋心を動かし、嫉妬を動かし、否定と肯定を動かすことにより、最終的には、もうひとつ上の視点へとあがっていくことになる。
その世界では『誰も犠牲がない視点』を持つため、従来の恋や嫉妬などで誰かが犠牲になることはない、繁栄の精神となる。